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2018.6.18(月) テーマ <キリストに捕らえられて

   イエス・キリストの使徒として、紀元一世紀の地中海世界に、キリストの福
   音を伝え、あちこちに信じる者たちの群れ(教会)を作っていったパウロの
   ことばをお届けします。
          
   パウロは神の恵みによって救っていただいたことを、いつも喜び感謝してい
   ました。それとともに、もっともっと神さまのことを知りたいと切望していまし
   た。それはパウロが、十字架に架けられ死なれたナザレのイエスを信じて
   救いという信仰による賜物をいただけたのは、パウロ自身にではなく、「

   
リスト・イエスが私を捕らえてくださったピリピ3:12 に理由があると考
   えていたからです。
   ある方が人生の大きな苦しみの中で、藁にもすがる思いで教会の門をたた
   いたそうです。「
すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに
   きなさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます
マタイ11:28の看
   板を見たからです。その後、「
あなたがたがわたしを選んだのでは
なく、
   わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命しました
ヨハネ15:16
  
 のみことばを知って、神さまが自分を捕らえてくださるための苦しみ
   であったと理解したそうです。
 
            
   私も、「キリストに捕らえられて」ということがわかります。あなたはいかがで
   すか。 
    
   神さまの恵みと平安が豊かにありますように   

 


2018.6.11(月) テーマ <時の記念日によせて

    6月の記念日カレンダーには、10日を「時の記念日」と記載しています。
    その記念日は、何と百年ほど前に制定されたものです。
    「時は金なり」ということわざもあり、英語でも〝Time is money〟と言う
    そうです。時間というものは、だれにでも平等に与えられた、二度と繰り返
    すことのできない、大切なものです。そんな時間について、改めて考える
    日、それが「時の記念日」です。
          
    キリスト教を布教するために日本にやって来た宣教師フランシスコ・ザビ
    エル
によって、日本に機械を用いた時計がもたらされたと言われます。
    旧約聖書の「伝道者の書」には、「」ということばが多く出てきます。
    2つを紹介します。「すべてのことには定まった時期があり、天の下の
 
   すべての営みには時がある。」 3章1節
    「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に
    永遠を与えられた。しかし人は、神が行うみわざの始まりから終わり
    までを見極めることができない
。」 3章11節
            
    神さまがなさることは、どんなことであっても、時にかなって美しいと言い
    得た旧約時代に信仰者の心、この心で人生に起こることを見ていったら
    どんな人生が送れるのかな~なんて考えます。
      
お互いに「与えられている時」を大切にしましょう   

 


2018.6.4(月) テーマ <一日を楽しみ喜ぼう

    「今日と同じ日付は、毎年訪れます。しかし、今日という日は二度と巡っ
    てきません。」と言われています。本当にそうですね。
         
    詩篇118篇24節に、「これは主が設けられた日。この日を楽しみ喜
    こぼう。
」とあります。
    
今日という、後にも先にもない日、この日は私たちが楽しみ、かつ、喜ぶ
    ために神さまが備えてくださった日であると読めるでしょう。悲しむために
    苦しむために、悩むために、神さまが一日を与えておられると考えるより
    はるかに励まされるものです。一日に起こってくる出来事の中に、楽しめ
    る要素、喜べる点を見出すことは難しいでしょうか。簡単なことではない
    かもしれませんが、物事を見る視点が重要な決め手なのかもしれませ
    ん。先のみことばの前には、イエス・キリストの十字架と関わりがあると
    思われることが書かれています。十字架で死なれたイエスさまですが、
    神の大能によってよみがえらされました。
              
    イエスさまがよみがえられた日は、神さまが設けてくださった特別な日で
    す。それは後にも先にも同じ日はありません。イエスさまはよみがえられ
    ただけではなく、ずっと一緒にいてくださるのです。それが土台にあるの
    です。ですから「楽しみ喜ぼう」という勧めにも、「そうさせていただきま
    すからよろしくお願いします。」と応答できるのだと思います。
       
  今日が心から楽しみ喜ぶ日でありますように   

 


2018.5.28(月) テーマ <神の栄光、神の教え

    旧約聖書の中に「詩篇」というものがあります。昔も今も、多くの人々か
    ら親しまれ、愛唱されているものです。「詩篇」には、人の人生に起こる
    様々な問題が取り上げられており、古今東西、人間の本質や喜怒哀楽
    は変わらないことを強く思わされます。
          
    詩篇19篇も、とてもすばらしいもので、また、大切なことを教えられます。
    「天は神の栄光を語り告げ大空は御手のわざを告げ知らせる。(1節)
    目を上げて澄んだ青空や夜空に輝き光る星々を見る時、そこには創造主
    の働きがあると作者のダビデは言うのです。天体の規則正しい運行も、
    創造主の偉大さのゆえなのです。また、創造主なる神さまが与えてくだ
    さった律法(教え)のすばらしさも告白されています。
    「主のおしえは完全でたましいを生き返らせ主の証しは確かで浅は
    かな者を賢くする。
」(7節)とあります。ですから、ダビデは「あなたのし
    もべを傲慢から守ってください。」(13節)と祈るのです。
          
    イエスさまはこの偉大なる神さまを、「天にいます私たちの父よ」と呼び
    かけなさいと言ってくださいました。偉大な創造主は、愛と恵みに満ちた
    父として、私たちの祈りを聞いてくださるのです。何と幸いなことでしょう。
    
   父なる神さまから豊かな祝福がありますように   



2018.5.21(月) テーマ <生かされてあるいのち

    5月20日の礼拝は「召天者記念礼拝」でした。礼拝の後は愛餐の時を持
    ちながら、地上の生涯を閉じて、父なる神の御許に召された方々の思い
    出を語り合い、幸いな時間を共に過ごすことができました。
          
    礼拝堂の一部にテーブルを用意して、その上に召天者の写真を置かせ
    ていただきました。
    新約聖書の中に、「彼は死にましたが、その信仰によって、今もなお
    語っています。」
ヘブル11:4
のことばがあります。
    すでに天に召されて、そのご遺骨を納骨堂にお預かりしてはいますが、
    毎日の生活の中で思い出すことはほとんどなく、年に一度、召天者記念
    礼拝があるからこそ、思い起こさせていただき、懐かしさや励ましがいた
    だけるのです。そして、これもまた、恵みであることを感じています。
             
    昨年7月、105歳で天に召された日野原重明先生は、「いのちとはあな
    たが使える時間です。」と言われました。その与えられている時間をど
    う用いるか。生きている人たちからも、すでに天に召された方々からも、
    何よりも神さまと聖書から、私たちは生きる力と希望をいただくことができ
    るのは幸いです。
    季節の花々が元気に咲いています。生かされてあるいのち、感謝です。
    
     神さまの祝福の豊かさに気づきますように   



2018.5.14(月) テーマ <母の日に想う

    5月は「憲法記念日」「こどもの日」があり、新緑美しい5月は活気に満ち
    あふれた祭りが全国各地で行われるそうです。「母の日」も5月にありま
    すが、それはアメリカの教会から始まりました。
        
    子どもたちの礼拝の教師をしていたジャービスさんは、モーセの「十戒」の
    中にある「あなたの父と母を敬え」のことばから、子どもたちに話しをし、
    「お母さんの愛に対して、心から感謝を表す方法を考えてください」と語り
    ました。その子どもたちの中には彼女の娘アンナもいました。
    その後、ジャービスさんは天に召され、ある日教会で追悼式が行われまし
    た。その時に娘のアンナさんはたくさんのカーネーションの花を飾ってお母
    さんを偲びました。このことが列席者に大きな感動を与え、それがやがて
    「母の日」となって、世界の多くの国々に伝わっていきました。
    「母の日」の原点は、人間の幸福のために神がお定めになった「十戒」に
    あったのです。
             
    あなたのお母さんはお元気でしょうか。召されてご高齢になられています
    か。お体がご不自由であったり、すでに召されていらっしゃるかもしれませ
    ん。いずれであったとしても、「あなたの父と母を敬え出エジプト20:12
   
の教えと実行が、平和と幸いな社会の土台ではないかと思います。     
       
    
神さまの祝福があなたとご家族の上に豊かにありますように   



2018.5.7(月) テーマ <求めなさい。そうすれば・・・

    「ゴールデンウイーク」 はどのようにお過ごしになられましたか。
    「求めよ、さらば与えられん」ということばをご存知だと思います。
        
    ある本に「これは、キリスト教の信仰のみならず、人生一般にも当てはま
    る言葉ですね」とありました。
    その著者は、何かを成し遂げようとするならば、成し遂げようとする気持ち
    を持ち続け、努力していくことが大切で、そうすれば必ず成果はついてくる
    と言って、読者を励ましていました。
    私たちの教団の聖書学院では、「牧会協力者研修コース」という講座が設
    けられていて、3名以上の受講者があれば開講しています。2018年度も
    開講できればと祈り、幸いにも、3名の受講者が与えられました。ところが
    一人からキャンセルの申し出があり、開講を諦めかけていたところ、2名の
    追加申込みがあり、開講できることになりました。
             
    「求めなさい。そうすれば与えられます。」 マタイ7:7
    天におられるあなたがたの父が、どうして、求める者たちに良いもの
    をくださらないことがありましょう。それで、何事でも、自分にして欲し
    いことは、ほかの人にもそのようにしなさい
」 マタイ7:11、12
         
       
          今週もみことばに信頼していきましょう
   



2018.4.30(月) テーマ <失敗で終わらない

    「ゴールデンウイーク」の最中、いかがお過ごしでしょうか。この期間に予
    定や計画がありますか。計画とおりに物事が進み、この一週間も幸いな
    日々でありますように。
        
     さて、毎日の生活で「失敗したな~」「やはりダメだったか」と思うことは
     ありませんか。私はよくあります。
    「あなたはこれを発明するまでに、一万回も失敗したそうですね」と言われ
    たトーマス・エジソンは、「私は失敗などしていません。うまくいかない一
    万個の方法を見つけたのです」と答えたそうです。「失敗」になった原因に
    気づいたのですから、それを次に役立てれば良いのです。すべてがダメだ
    と思ってしまうことなど決してないのです。
    聖書の中には、成功した人よりも、失敗した人の方が圧倒的に多くでてき
    ます。否、人生の成功者などという表現は聖書にはないのです。
    「神さまの祝福を受けた、恵みを賜った」ということであり、そういう人々も
    数多くの失敗から学んだのです。
    
           
    イエス・キリストの使徒パウロはこう書きました。
    「神を愛する人たち、すなわち、神のご計画に従って召された人々の
    ためには、すべてのことがともに働いて益となることを、私たちは知っ
    ています
。」 ローマ8:28
    パウロにも失敗はあり、苦難、苦しみはたくさんありました。しかし、失敗
    から豊かな学びがあり、苦しみさえも益に変えられる、変えてくださる神
    であることを知ることは、何と有益なこと、何と励ましでしょうか。
     
      神さまの恵みと平安をお祈りします   



2018.4.23(月) テーマ <ゴールデンルール

    今週の土曜日から「ゴールデンウイーク」が始まります。何か計画を立て
    ていらっしゃいますか。
              
    「ゴールデンルール」ということばをお聞きになったことがありますか。
    イエスさまが言われたことばの中に、「ゴールデンルール(黄金律)」と
    されているものがあります。
    ですから、人からしてもらいたいことは何でも、あなたがたも同じよ
     うに人にしなさい。これが律法と預言者です。
 マタイ7:12
    イエスさまより先に、ユダヤ教の学者ヒルレルは、「あなた自身の憎むこと
    を、あなたの隣人にしてはならない。これが律法のすべてであって、他の
    ものはすべてその注釈である。」と教えたそうです。ヒルレルのことばに比
    べて、イエスさまの教えはもっと積極的です。「しない」のではなく「する」の
    です。しかも、自分が率先してするようにというのです。
      
    イエスさまは旧約聖書の教えをこうまとめました。「『あなたは心を尽くし
    いのちを尽くし、知性を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい
これが
    重要な第一の戒めです。 『あなたの隣人を自分自身のように愛しな
    さい』という第二の戒めも、それと同じように重要です。

    マタイ22:37-39  隣人を愛することに心を向け、愛を実践すること
    は、神の愛を感じることでもあります。祝福を受ける道でもあります。
     
         幸いな一週間でありますように 



2018.4.16(月) テーマ <変えられた人生

   色々な花々が目を楽しませてくれます。新約聖書ザアカイという人が出
   てきます。聖書をお持ちの方は
ルカの福音書19章1~10節をお読みくだ
   さると嬉しいです。
          
   ザアカイは「取税人のかしら」で、それが彼に富を与えました。その富は、彼
   の生活を潤したに違いないと思いますが、彼の心までも潤すことはできませ
   んでした。むしろ彼の心は空しく孤独で、幸せではありませんでした。彼は、
   そんな人生を何とかしたい、変えたいと思っていました。しかし、自分の力
   では変えようがなかったようです。
   そんなザアカイに転機が訪れました。イエスさまがザアカイの住んでいる町
   に来られたのです。イエスさまを一目見ようと木に登ったザアカイに、何とイ
   エスさまの方から声をかけてくれたのです。
   「ザアカイ、急いで降りて来なさい。わたしは今日、あなたの家に泊まる
    ことにしてあるから
 ルカ19:5
   その晩、ザアカイにとって人生を変える時となりました。ザアカイの心の変
   化を見て取ったイエスは彼に言われました。「今日、
救いがこの家に来ま
 
  した」 ルカ19:9
            
   イエスさまのことばはザアカイが救いにあずかかったことを表しています。
   ザアカイの心は今まで経験したことのない喜びに溢れました
     
  心に喜びと平安を与えてくださる神に感謝します 



2018.4.9(月) テーマ <聖書学院入学式

   4月は年度の始まりです。何か新しいことが始まったでしょうか。今年は桜
   の開花が早く、入学式の頃にはすでに葉桜になってしまいました。
         
   さて、私たちの教会が所属している福音伝道教団の聖書学院が羽生市上
   岩瀬にあり、そこで入学式が先週の金曜日に行われました。新入生は1名
   でしたが、42名の者たちが集まってきました。新入生1名というのは、一番
   小さな入学式だと言えるかも知れません。
   聖書学院の入学式は、入学記念礼拝であり、神様への礼拝、神のみことば
   を一同で聴く時です。
   説教者は、イエスさまが弟子たちに教えられた「タラント(賜物)のたとえ
   からメッセージをされました。そのたとえには、主人(神さま)から預かった
   タラント(貨幣)を活用して利益を得たしもべと、活用せずに預かったものを
   地に隠してしまったしもべが出てきます。主人のためにタラントを活用した
   しもべには賞賛のことばがかけられ、主人を誤解し、何もしなかったしもべ
   には厳しい叱責のことばがかけられました。神さまのために、預けられた
   タラントを思い切って活用することの大切さを教えられました。
                
   入学式後、みんなで食事をし、新入生への励ましやアドバイスなど心のこも
   ったことばが交わされました。一番多く語られたことばは、「お祈りしていま
   す
」ということばでした。大きな励ましのことばです。明日から授業が始まり
   ます。羽生キリスト教会も聖書学院のために、学院生のために祈ります。
     
   花々が美しくそのタラントを用いているのを見ます



2018.4.2(月) テーマ <聖会の恵み

   私たちの教会が所属している福音伝道教団の聖会が、3月30日(金)~4月
   1日(
)、群馬県伊香保温泉「ホテル天坊」で行われました。その往復で
   桜の美しさを遠くから眺め、場所によっては近くから見ることができました。
   創造主なる神さまの偉大さを、桜の木や花をとおしても教えられます。
          
   聖会において、たくさんの恵みをいただきました。久しぶりにお会いできた
   方々と挨拶を交わし、食事の席でも話ができ、お風呂を楽しみ、日頃とは違
   う空間と時間を大いに楽しんできました。今年の聖会のテーマは「救いを得
   させる神の力」、タイトルは「聖霊に満たされ主の証人となる」でした。
   「救いを得させる神の力」は、「福音」を指しています。福音とは良き知らせ
   です。「キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれた
   こと、また、葬られたこと、また、聖書の示すとおりに、三日目によみが
   えられたこと」
(Ⅰコリント15:3~5) 

   十字架で息を引き取られ、墓に埋葬されたイエスですが、死を打ち破ってよ
   みがえられたのです。   
              
   4月1日()は「イースター復活祭)」でした。世界中のキリスト教会で
   「イースター礼拝」がささげられたことでしょう。今年は聖会と重なってしま
   いましたので、羽生キリスト教会では、一週間遅れの8日()に行います。
   イエス・キリストを信じる私たちは、福音を伝える使命が与えられています。
   それが「主の証人」ということです。自分の知恵や力や頑張りでできるので
   はなく、聖霊なる神がご支配くださる中で、その務めをすることができます。
   「イースター礼拝」にいらしください。喜びと希望のメッセージがあります。
   
    今週も神さまの恵みが豊かにありますように



2018.3.26(月) テーマ <塩狩峠

   東京では桜が満開ですが、羽生の桜は五分咲きでしょうか。しかし、北海道
   ではまだ雪が残っています。北の地の大変さを思います。でも春は必ず来
   ます。北海道の春もすばらしいと聞いています。
               
   旭川から北へ約30Km程の地点に「塩狩峠」という険しい峠があります。塩
   狩駅の近くに、長野政雄さんの顕彰碑があります。
   長野政雄さんは、作家三浦綾子さんの小説「塩狩峠」の主人公永野信夫の
   モデルになった人です。
   明治42年2月28日、塩狩峠を登る列車の連結が外れて、客車が逆走しまし
   た。丁度、その列車に乗り合わせていた鉄道職員の長野政雄さんは、その
   客車のデッキに出て、ブレーキを力一杯締め付けましたが、列車は止まらず
   この先の急勾配で脱線すると判断した長野政雄さんは自らの身を投げ出し
   て列車を止めました。旭川に在住されていた三浦綾子さんは取材を重ねて
   小説「塩狩峠」を書きました。私は若き日にその本を読み、その後作られた
   映画「塩狩峠」を観て感動しました。今はディーゼル車となっていますが、
   和寒~塩狩駅の間の峠は、今もうなりをあげて懸命に登っているそうです。
              
   
 「人がその友のためにいのちを捨てるということ、これよりも大きな愛
     はだれも持っていません。」
   ヨハネ15:13
  
 イエスさまはその通り、いのちを捨ててくださいました。私やあなたのために
   です。今週は受難週です。主の受難を覚えながら、生かされていることを
   覚えていきたく願います。
   
    神さまの恵みの中に幸いな日々でありますように



2018.3.19(月) テーマ  <バイブルナビ

   私の持っている聖書の中で、一番大きく重い聖書は、新改訳解説・適用付
   「BIBLE navi」という名前の聖書です。使用を開始して5年になりました。
   今は「新改訳2017」と一緒に使っています。
               
   「navi」というのは、ナビゲーターやナビゲーションの略語でしょう。ナビゲー
   ターは、①航海士②自動車のラリーで速度や方向を指示する同乗者です。
   ナビゲーションは、①航海術・航空術②経路誘導、自動車のラリーでナビゲ
   ーターが速度・位置・進路の状況を知らせることです。ナビゲーターやナビ
   ゲーターはとても重要な役割を担っています。
   あなたの人生には「良いナビ」がありますか。私にとっては聖書こそが人生
   のナビゲーション、そういう意味でも「バイブルナビ」です。   
         
   旧約聖書の詩篇にこんなみことばがあります。

   「まことに、あなたのさとしは私の喜び、私の相談相手です。」 
     
                          詩篇119:24
  
 「あなた」とは、聖書の中にご自身を示しておられる神さまです。「さとし」と
   は、教えとか戒めとかの意味です。聖書を神のことばと信じる者にとって、
   聖書はまさに相談相手なのです。「聖書に聞く」のです。
   何よりも神さまご自身がナビゲーターであることが嬉しいです。
   
     桜の開花も間近です。今年もお花見が楽しみです



2018.3.12(月) テーマ  <明日、卒業式です

    明日、13日(火)、私たちの教団立の聖書学院の卒業式が行われます。
    今年は1人が卒業します。3年間の過程を修了して、聖書学院から巣立っ
   ていきます。どんな卒業式になるのでしょうか。
                
    この卒業生が入学した時には、4人の先輩がいて、3人は寮生でした。3年
   生になった時には、ただ1人の寮生でした。1年生の時に、水曜日の夜の
   聖書研究会・祈り会に出席していましたので、羽生キリスト教会からも多く
   の方々が卒業式に出席する予定です。
   入学した日から卒業する日まで、実に多くの方々が関わってくださり、兄弟
   を育ててくださいました。それぞれに役割が神さまによって与えられ、用いら
   れたことでしょう。4月からは学院生ではなく、牧師となっていきます。学院
   の3年間で学びは十分ということは決してなく、これからも学び続けることが
   大切だと思います。
         
   使徒パウロのことばを思い起こします。「
ところが、神の恵みによって、
   私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは、むだ
   にはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。しか
   し、それは私ではなく、私にある神の恵みです。
Ⅰコリント15:10
   
この一節の中に、「神の恵み」が3回でてきます。卒業式も、「神の恵み」
   を思い、神に感謝する時なのだな~と、一人考えています。
  
     

 
       暖かな日差し、花々の美しさを感謝します



2018.3.5(月) テーマ  <幸福学~逆境の乗り越え方

   啓蟄になり、いのちの躍動を感じる候になりました。
   「いのちの理由(わけ)」という曲がシンガーソングライターのさだまさしさん
   の曲目の中にあります。
                
   「私が生まれてきたわけは、父と母とに出会うため」という歌詞から始まり、
   「しあわせになるために、だれもが生きているんだよ」と歌い上げます。
   ある心理学者が言っています。「人類は大昔から『しあわせ』を考え続けて
   きたが、今は科学的な『幸福学』の研究が始まっている」 その研究の成果
   として発表されていることは、逆境の乗り越え方ということです。
   ❖先ず第一に、悲しみを受け入れること。悲しみも苦しみもすぐには去って
    いかないから、しっかりと悲しむこと。
   ❖第二は、幸せを数えること。しっかりと悲しんだ後で、残されている良いこ
    とを見つけること。(残されている良いことは実際には多くあるとのこと)
   ❖第三に、人に親切にすること。悲しみと苦しみの経験は、人の役に立つ
    そうなのです。     
          
   イエスさまのことばを思い出します。「悲しむ者は幸いです。その人たちは
   慰められるからです
マタイ5:4 決して無責任なことばではありません。
   何よりも人の悲しみを知り、慰めのことばを持っていたイエスさまのことばで
   す。桜の季節にはもう少しですが、この季節を楽しみましょう。 
 
         神さまの恵みと平安が豊かにありますように



2018.2.26(月) テーマ  <蟻から知恵を得よ

   2月から3月に変わるこの一週間、どんな出来事が起こり、どんな出会いが
   あるでしょうか。
   さて、聖書の中にはたくさんの歴史上の人物がでてきますが、動植物や虫
   たちも登場します。油虫やいなごや蟻もでてきます。
             
   旧約聖書の「箴言」には、小さな蟻から学ぶようにとの勧めがあります。
   「怠け者よ、蟻のところへ行け。そのやり方を見て、知恵を得よ。蟻には
   首領もつかさも支配者もいないが、夏のうちに食物を確保し、刈り入れ
   時に食糧を集めるよ。
6:6~8、「蟻は力のないものたちだが、夏のう
   ちに食糧を集める
30:25
   2つの教訓があるように思います。一つは 勤勉さ  です。怠惰は戒めら
   れ、勤勉さが勧められています。もう一つは、より強く勧められていると思い
   ますが、備えること です。「備えあれば憂いなし」ともいわれます。
              
   あなたは何に対しての備えを考えますか。災害時の備えもあるでしょう。
   日々の生活の備えも考えるでしょう。“もしも”の時の備えとして「エンディン
   ノート」を書いている人の数は年々増えているそうです。
   
自分の最期のことを考えることは、今をどう生きるかにつながってきます
       

      神さまが知恵を豊かに与えてくださいますように



2018.2.19(月) テーマ  <喜び・祈り・感謝

   二十四節気の「雨水」の頃、もう少し寒さは続くのでしょうが、確実に春は
   近づいていることを実感できます。
   さて、聖書の中には「祈り」について、神に「祈る人」のことについて書かれ
   ている箇所は少なくありません。もし、それらを削除してしまえば、聖書の分
   量はぐっと減るのではないでしょうか。
      
   祈りのことが言われている中で、「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさ
   い。すべてのことにおいて感謝しなさい。
 
Ⅰテサロニケ5:16~18
   
のみことばはよく知られています。ことばに出してみると、とてもリズム良く
   言うことができます。ここには、「祈り」のほか、前には「喜び」、後ろには
   「感謝」が言われています。
   ある方が言われました。「このことばの中に、幸福になるカギがある」と。
   いつも喜んでいられるわけではないと知っていながら、敢えてそう勧めるの
   は、喜びを見つけるようにとのチャレンジでもあるかなと思います。
   祈りとは、神さまとの対話です。対話の中で、神さまに愛され、守られてい
   ることがわかり、それは感謝につながっていきます。
           
   現実に起こってくる出来事に、喜びの対応、祈りの応答、感謝の気持ちの
   表現、「これがキリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられ
   ることです。
」 と続きます。
     「雨水」の次は「啓蟄」です。
     
   神さまの祝福が豊かにありますように



2018.2.12(月) テーマ  <神への祈り

   肌を刺す冷たい風が吹き、まだまだ寒さが厳しい中、あなたの心もあなた
   の身体も共に健やかでありますように。
   「健全なる精神は健全なる身体に宿る」ということばがあります。
   
   これは、ローマの詩人ユベナリスの『風刺詩集』にある「大欲を抱かず、健
   康な身体に健全な精神が宿るように祈らなければならない」ということばの
   一部が訳され、広まったのが上記のことばだそうです。
   旧約聖書の箴言にはこんなことばがあります。
   「人の霊は病苦も忍ぶ。しかし、打ちひしがれた霊はだれが担えるだ
    ろうか
。」 箴言18:14
   
   これは、肉体的な苦痛以上に、精神的な心の痛みは耐え難いと言っている
   ように思えます。私の周りにも、色々な病を抱え、毎日の生活を、しかも長期
   にわたってなされている方々が多くおられます。
           
   病床に伏していても、心はとても健康な人もいます。身体には異常はなくて
   も心を病んでいて辛い毎日を過ごしている方もいます。
   心も身体も健康なのが当たり前だと考えるのではなく、身体も心も不健康
   になってしまう私だと理解して、私のすべてをご存知の神さまに「強めてく
   ださい」と祈ることが大切なのではないでしょうか。
   「どうか御父が、その栄光の豊かさにしたがって、内なる人に働く御霊
   により、力をもってあなたがたを強めてくださいますように。」

                                    エペソ3:16
 
   春は近くまで来ていることを感じることができます。
     
     神さまから恵みと平安がありますように



2018.2.5(月) テーマ  <愛の神の約束

   二週続けて雪が降りましたが、今回は数センチしか積もらず、翌日には溶
   けてしまいました。まだ残っている雪はその前に固まったものです。
        
   さて、私ごとなのですが、最近ますます物忘れが多くなり、置き忘れて捜す
   ことは日常茶飯事になってきています。
   ある精神科医師は、「脳の老化を防ぎ、活性化するためには脳を鍛えること
   脳も肉体と同じように鍛える必要があり、思考という運動が必要だ」と言って
   います。「脳を鍛える思考」と言いますと、むずかしいように思えるのですが
   「良かった~」「良かったね」ということばをどれほど言えるか、使えるかとい
   うことのようです。
   毎日、色々なことが起こります。その起こった出来事にも色々な見方があり
   「良かった」と言える部分があるものです。誰かと会話をする時にも、「良か
   ったね」と言える部分を捜すことも脳を鍛える思考につながるというのです。
   ご高齢者であっても、人のためにあれこれ考えている方々は、自然と脳が
   鍛えられ、「お若いな~」という印象を与えていると思います。
            
   しかし、たとえ脳が鍛えられなくなり、老化が進み、できないことが多くなっ
   たとしても、神の愛が届かなくなってしまったのではないことも覚えます。
   「あなたがたが年をとっても、わたしは同じようにする。あなたがたが白
   髪になっても、わたしは背負う。わたしはそうしてきたのだ。わたしは
   運ぶ。背負って救い出す
」 イザヤ46:4
 
     何とすばらしい神さまではないでしょうか。
     
  寒さの中にも春を感じられれば幸いですね



2018.1.29(月) テーマ  <雪よりも白く

   先週月曜日に予報通り雪が降り、予想以上に大雪になり、教会堂の屋根に
   はまだ雪が残っています。また、インフルエンザ、風邪、長引く咳、寒さは身
   体に応えますね。
          
   雪はウインタースポーツには欠かせないものですが、生活への支障や事故
   にもつながってしまう原因にもなります。
   雪は聖書の中にも登場します。ほどんどが「雪よりも」、「雪のように」という
   言い方です。
   詩篇51篇7節に「ヒソプで私の罪を除いてくださ。そうすれば私はきよく
   なります。私を洗ってください。そうすれば私は雪よりも白くなります
。」
   とあります。イスラエルの王ダビデが作ったものです。
   忠義な部下ウリヤの妻を略奪し、そればかりか自分の罪をもみ消すために
   ウリヤを激戦地に送って戦死させてしまうという罪を重ねました。そのダビデ
   が罪の責めを受け、悩み苦しみ、神の前に罪の告白と赦しを求めたのが、
   この詩篇です。
            
   罪の解決の道はイエスさまのあの十字架にあります。「御子イエスの血が
   すべての罪から私たちをきよめてくださいます。・・・神は真実で正しい
   方ですから、その罪を赦し、私たちをすべての不義からきよめてくださ
   います。
」 Ⅰヨハネ1:7,9
 イエスさまの十字架は、私の罪、あなたの
   罪を背負ってのものでした。そこには神の愛がありました。
      
      心も身体も守られますように。



2018.1.22(月) テーマ  <鍵を持つお方>

   大寒が過ぎました。立春に向かって季節は進みますが、今日は関東地方も
   雪になりそうです。まだ雪の兆候はありませんが、どんよりした空です。
          
   
   さて、あなたは鍵を幾つお持ちでしょうか。結構持っていらっしゃるのではな
   いでしょうか。家の玄関の鍵、自動車・自転車の鍵、金庫や書庫の鍵等々
   鍵は生活の中に多くあるものですね。
   
   新約聖書
の中で、イエスさまのことを表していることばに、「聖なる方、真
   実な方、ダビデの鍵を持っている方
 黙示録3:7
 があります。
   「ダビデの鍵」とは、かつてダビデ王が住み、王宮があり、神殿が建てられ
   るエルサレムの町の鍵ではなく、「天のエルサレムの鍵」、すなわち、「天国
   に入るための鍵」という意味だと思います。
   以前、一人暮らしをしている息子から電話がありました。家の鍵をなくしてし
   まったというものでした。「かぎや」さんに来てもらって問題を解決しました。             
   
   イエスさまは言われました。「わたしが道であり、真理であり、いのちなの
   のです」 
ヨハネ14:6
 天国の鍵はイエスさま以外に持っていません。
   イエスさまは天国の扉を開くだけでなく、天国まで同伴してくださるのです。
      
神さまと共に日々の生活がなされますように



2018.1.15(月) テーマ  <神に会う備え>

   一年で一番寒い「大寒」が近づいています。新潟県や北陸地方では平年
   の三倍の雪が降っているそうです。関東地方も大雪が降るのでしょうか。 
          
   旧約聖書にアモスという預言者が出てきます。神のことばをいただき、民に
   語ります。「それゆえイスラエルよ、・・・・あなたの神に会う備えをせよ
                                   アモス4:12
   
   当時のイスラエルの人々は、神に喜ばれる生活をしてはいませんでした。
   預言者のことばは、神の前に正しい生活をするようにとの警告でした。
   新約聖書の中には、「人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受ける
   ことが定まっている
ヘブル9:27 とあります。
死ぬことは100%の確率
   で起こります。「死後にさばきを受けること」についてはどうお考えになります
   か。この次にはこう書かれています。「キリストも、多くの人の罪を負うた
   めに一度ご自身を献げ、二度目には、罪を負うためではなく、ご自分
   を待ち望んでいる人々の救いのために現れてくださいます
 9:28
   イエスさまは、神のさばきを私に代わって受けてくださいました。
       
   
   大雪の対策、防災や防犯の対策は必要なことですが、「神に会う備え」も必
   要と思いますが如何でしょう。      
      
神さま祝福が日々の生活の中に豊かにありますように



2018.1.8(月) テーマ  <成人の日にあたって>

   埼玉県では、昨日(7日)「成人式」を行ったところ、または今日(8日)に行
   なうところがあるようです。今年の新成人は全国で123万人ということです。
          
   きょう8日は、私たち羽生キリスト教会が属している福音伝道教団が主催す
   る成人式が行われます。私たちの教団で一番大きな教会堂の太田キリスト
   教会を会場にして行われます。
       
   午前中は「記念礼拝」です。新成人の方も、ご家族も、それぞれの教会の
   方々も、お祝いのために出席されたすべての者が、神を礼拝し、神のこと
   ばである聖書からのメッセージを聴きます。私も記念礼拝に出席して、そこ
   で語られるメッセージを楽しみにしています。
   午後には、新成人の方々を色々と趣向をこらしてお祝いします。笑いあり、
   涙あり、感動的な成人式で、スタッフの方々の愛をいつも感じます。
   私は、特に若い方々にお伝えしたい聖書のことばがあります。
              
   「あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来な
   いうちに、また『何の喜びもない』という年月が近づく前に。

                                 伝道者の書12:1
   80歳を過ぎて、イエス・キリストを受け入れたご婦人はしみじみ言われまし
   た。もっと若い時に、創造主なる神、御子イエス・キリストの十字架の贖罪
   を知っていたら・・・・・と。
   あなたは、あなたのいのちの根源はどこにあると考えられますか。
    何歳であろうとも、今が一番若い日ではないでしょうか



2018.1.1(月) テーマ  <一年の初めの日

   2018年をどのような気持ちで、思いで歩み出されたでしょうか。一年の区
   切りがあることは幸いなことだと思います。新しい気持ちで再出発できるか
   らです。
           
   「一年の計は元旦にあり」ということば、「一日の計は朝にあり」ということば
   があります。その日の計画は早朝に立て、一年の計画は元旦に立てるよう
   に。計画を立てることの大切さ、物事は最初が肝心であることを示している
   と思います。昨日は日曜日で礼拝があり、今日も元日礼拝を行い、二日続
   けて礼拝を行いました。一年の最初の日の朝でしたが、私はいつもの時間
   に起きて、朝少し歩いて、教会で聖書を読み、静まる時間を持ちました。
       
   今日の元日礼拝では、新聖歌の中の「朝 静かに」を賛美しました。
   これは、瞬きの詩人と言われた水野源三さんが作られたものです。
   元々、歌うこと目的に作られたものではなく、すばらしい詩に感動し、曲が
   付けられたものです。
      1 朝 静かに この一日の み恵みを祈りおれば
        わが心に あふれくる 主イエスにある 安らぎ
      2 朝 静かに 霊の糧なる み恵みを学びおれば
        わが心に あふれくる 主イエスにある 望み
      3 朝 静かに 新しい日を 給う神たたえおれば
        わが心に あふれくる 主イエスにある 喜び
                
   2018年も、私は2017年と同じ生活スタイルを取ろうと思っています。毎朝
   教会で30分程のみことばと祈りの時をもって、一日を始めたいと願っていま
   す。今年も「希望のダイヤル」でお世話になります。
     厳しい現実も多いでしょうが、幸いな年でありますように



2017.12.25(月) テーマ  <クリスマス~その4>

   今回は「親切・善意」という言葉をキーワードにしたいと思います。救い主
   イエスさまの誕生に際して、幾つかの親切・善意がありました。
           
   救い主の母として選ばれたマリアが出産する場所を提供してくれた家畜小
   屋の所有者です。「家畜小屋でもよければどうぞ」と言われたマリアとヨセフ
   は、安心し、感謝し、出産に備えていったことでしょう。さらに、出産の現場
   で助産婦の仕事や様々な手伝いを分担してくれた方々がいたに違いありま
   せん。出産という大仕事を終わってほっとしていたマリアと祈りながらマリア
   を励ましてきたヨセフにとって、羊飼いたちの思いもかけない訪問にも喜び
   を持ったことでしょう。
       
   羊飼いたちはその家畜小屋を苦労して探し当てたと思われます。彼らの誠
   実さも覚えます。羊飼いたちもそこで見た光景は、御使いの言ったとおりで
   あり、出産のために労してくれた人たちの温かさも感じたのではないかと想
   像するのです。
   マリアとヨセフは羊飼いの訪問にも、神の恵み(親切・善意)を感じたのでは
   ないでしょうか。
   「御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制
    です。このようなものに反対する律法はありません。」 
                       
    ガラテヤ5:22~23
  
           
   2017年は日曜日で終わります。翌日、2018年元日には、同じ時間から
   元日礼拝をささげます。2日続けての礼拝式があります。
     クリスマスの恵みと祝福は日々あることを感謝します 



2017.12.18(月) テーマ  <クリスマス~その3>

   クリスマスは少なくとも二つの決断がなされた結果、実現したと言えます。
   一人は、救い主の母として選ばれた
マリアです。
        
   突然の御使いの現れは当然の驚きでしたが、落ち着きを取り戻したマリア
   は、御使いのことばを受け止めることができました。御使いの最後のことば
   「
神にとって不可能なことは何もありません。」を信じて、神のご計画に従
   うことをはっきりと伝えました。長く考える時間はありませんでしたが、マリア
   は決断しました。神への確かな信頼があったからでしょう。
    
   二人目は、これからどんなことがあってもマリアを守っていくという
ヨセフ
   決断です。すでに二人が「いいなずけ」の関係にあったかことは神のご計
   画の一部だったと思います。だからこそ、ヨセフは悩むのですが、神は夢を
   用いてヨセフが決断できるようにしてくださったのです。
  「
彼がこのことを思い巡らしていたころ、見よ、主の使いが夢に現れて言
   った。『ダビデの子ヨセフよ。恐れずにマリアをあなたの妻として迎えな
   さい。その胎に宿っている子は聖霊によるのです。マリアは男の子を産
   みます。その名をイエスとつけなさい。この方がご自分の民をその罪か
   らお救いになるのです。』」 
マタイ1:20~21
  
           
   私たちの人生も小さな決断の積み重ねとも言えます。そして、時には大きな
   決断を求められることもあるでしょう。
    
 24日はクリスマス礼拝、クリスマス祝会です



2017.12.11(月) テーマ  <クリスマス~その2>

   アドベントに入ってから、クリスマスに関するメッセージをお届けしています。
   クリスマスの出来事は、旧約聖書で預言されていたことの実現なのです。
     
   
旧約時代、預言者ミカは、救い主キリストは小さな町「ベツレヘム」でお生
   まれになると民に告げました。救い主の母に選ばれたマリア、結婚の約束
   をしていたヨセフの二人はベツレヘムから遠く離れたナザレという町に住ん
   でいました。ベツレヘムは二人の生活の場ではなかったのです。
   ところが神さまはローマ皇帝アウグトゥスを用い、住民登録という制度によ
   って二人をベツレヘムに導かれたのです。ユダヤの人々は、住民登録のた
   めに自分の町(先祖の町)に行かなければならなかったのです。
   「
ヨセフも、ダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナ
   ザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。

                                       ルカ2:4
   
いいなずけのマリアも一緒でした。聖霊によって身ごもっていたマリアは、
   その旅の途中で出産されたのでした。
          
   「
マリアは月が満ちて、男子の初子を産んだ。そして、その子を布にくる
   んで飼葉桶に寝かせた。宿屋には彼らのいる場所がなかったからで
   ある。
」   ルカ2:6~7  
          
   救い主キリストは家畜小屋でお生まれになられたのです。そこにも深い意
   味があるように思います。「クリスマス」を感謝し、喜び祝いましょう。
      
 クリスマス礼拝、クリスマス祝会にご出席ください



2017.12.4(月) テーマ  <クリスマス~その1>

   「教会暦」で「アドベント待降節)」となりました。羽生キリスト教会でも
   教会堂のロビーにクリスマスツリーを置きました。「クリスマス」はキリスト
   (救い主)であるイエスさまがお生まれになったことをお祝いする日です。
   世界中でお祝いされています。
     
   
新約聖書はクリスマスのことを、いろいろなことば、様々な表現で伝えてい
   ます。イエスさまの弟子の一人ヨハネはこう書き記しています。
   「
ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の
   栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。
   この方は恵みとまことに満ちておられた。・・・・私たちはみな、この方
   の満ち満ちた豊かさの中から、恵みの上にさらに恵みを受けた。律法
   はモーセによって与えられ、恵みとまことはイエス・キリストによって
   実現したからである。
」  ヨハネ1:14~17
          
   イエスさまは明確な、ただ一つだけの目的をもって生まれてきてくださいまし
   た。それは人類の罪をその身に負われて、神のさばきを一身に受けてくだ
   さるということです。人は行いによっては決して救われません。心からの悔
   い改めとイエスさまをキリストと信じる信仰によって救われます。
   恵みとまことに満ち満ちておられるイエスさまは、今も生きておられます。
   信じる者と一緒にいてくださいます。「クリスマス」はあなたのためです。
      
 クリスマス礼拝、クリスマス祝会にご出席ください



2017.11.27(月) テーマ  <第8回世界キャラクターさみっとin羽生

   11月25日(土)、26日()の2日間、「世界キャラクターさみっとin羽生」が開
   催されました。4年前の同じ時期、「ゆるキャラさみっとin羽生」というタイトル
   で、この希望のダイヤルでも取り上げました。
     
   4年前には「世界」ということばはありませんでした。この4年間に参加団体
   も増え、地域も広がり、海外からの参加もあり、名称も変更されました。
   第8回は、スタートからのカウントです。毎年、この時期に行われています。
   羽生市に最も人が集まる両日です。私は自転車で会場まで行き、その雰囲
   気を味わってきました。知っている人と会えるかなと思って行きましたが、教
   会学校に来ている男子に会いました。
   特設会場が何箇所かあり、キャラクターの登場時間も分刻みのスケジュー
   ル表が掲示されていました。与えられた持ち時間に最高のパフォーマンスを
   するために訓練や練習をしてきたことでしょう。キャラクターだけではなく、
   自ら仮装している人たちも見かけました。
          
   旧約聖書の中にこんなことばがあるのです。「
主は、生まれる前から私を
   召し、母の胎内にいたときから私の名を呼ばれた。」 
イザヤ49:1
   
私たちは、生まれた時に名前が付けられると思うのですが、聖書は「生ま
   れる前から」と言うのです。驚きです。創造主なる神さまは、私たちが生まれ
   出る前から、私たちを知っておられるのですね。
   私たち一人一人のキャラクターは神さまの最高傑作、二つとないものです。
   
  今も私の名を呼んでくださる神さまに感謝します



2017.11.20(月) テーマ  <心のメンテナンス

   先週、業者の方に来ていただき、教会堂のフローリング部分にワックス掛け
   をしていただきました。毎年一回、この時期にしています。
     
   
   ワックス掛けは、教会堂の維持管理のためのメンテナンスです。
   定期的な点検、必要な修繕・修理を怠っていたから、思わぬ事故になったと
   いうことも聞きます。また、この時期に身体のメンテナンス、健康診断が多く
   行われています。それでは「心のメンテナンス」はいかがでしょうか。
   心と身体は深くつながっています。

   
       
   
   旧約聖書のみことばを思い出します。
   「
神よ 私を探り 私の心を知ってください。私を調べ 私の思い煩いを
   知ってください。 私のうちに 傷のついた道があるかないかを見て
   私をとこしえの道に導いてください。」   
詩篇139:23~24
   これは神への祈りのことばです。神さまに教えていただこうとの姿勢です。
   心のメンテナンスを神さまにしていただこうとする詩人の信仰です。
   寒さが日毎に厳しくなってきています。ご自愛ください。
    
  心と身体が神さまによって支えられますように



2017.11.13(月) テーマ  <神と神々

   10月は、「神無月(かんなづき)」の呼称があります。11月には、「神帰月
   (かみかえりづき)」の呼称があるようです。11月には出雲から神々がそれ
   ぞれの神社に帰ってくるからだそうです。
          
   聖書の書き出しはこうです。「
はじめに神が天と地を創造された。
                                      創世記1:1
   聖書には神々もたくさん登場してきます。モーセの十戒は有名ですが、こん
   なことばから始まります。「
わたしは、あなたをエジプトの地、奴隷の家か
   ら導き出したあなたの神、主である。あなたには、わたし以外に、ほか
   の神々があってはならない。あなたは自分のために偶像を造ってはな
   らない。上の天にあるものでも、下の地にあるものでも、地の下の水の
   中にあるものでも、いかなる形をも造ってはならない。それらを拝んでは
   ならない。
  出エジプト記20:2~5
   

   神々は、偶像ということばで言い換えられています。偶像は、人間が造った
   もの、編み出したものです。神は、私たちに存在を与え、私たちを愛してくだ
   さり、いつも共にいてくださるお方です。偶像にはそんな力も愛も全くありま
   せん。
   ※今回から【新改訳2017】を用いていきます。
    
  偉大な神さまの恵みと励ましがいつもありますように 



2017.11.6(月) テーマ  <主の祈り⑦

   今回は、イエスさまが教えてくださった『主の祈り』の中の、「私たちを試み
   に会わせないで、悪からお救いくださいましい
」の箇所です。
          
   「試み」とは、ためしにやってみること、ためしという意味もありますが、ここ
   では勿論、試練のことです。
   試練は、苦しみや悲しみ、痛みや困難を伴いますから、「試みに会わせない
   で」との祈りはよくわかります。また、私たちには悪の力が働きますから、こ
   の祈りは必要であることを覚えます。イエスさまご自身も悪魔の誘惑を受け
   られましたが、イエスさまは決して罪を犯されませんでした。
   「
私たちの大祭司(イエスさまのこと)は、・・・・罪は犯されませんでした
    が、すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです

                               ヘブル4:15
   だからこそ、イエスさまは私たちの身代わりとなることができたのです。イエ
   スさまと同じにはいかなくても、私たちには神さまの助けとみことばがありま
   す。暗い夜道でも、みことばの光が照らしてくれれば、進むべき道はわかり
   ます。もう一つ、みことばを心に留めましょう。
           
   「
もあなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。
   神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会
   わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように試練とともに脱出
   の道も備えてくださいます。
  Ⅰコリント10:13
    
 大いなる神さまの助けと導きがいつもありますように 



2017.10.30(月) テーマ  <主の祈り⑥

   今回は、イエスさまが教えてくださった『主の祈り』の中の、「私たちの負い
   めをお赦しください。私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しまし
   た
」の箇所を見て、考えましょう。
          
   「負いめ」とは、「負債」とか「罪」とか「犯した過ち」とも訳されています。
   「罪」と言いますと、「犯罪」ということばを連想し、法に触れるものと思うかも
   知れませんが、法によって罰せられるものではなくとも、聖い神さまの前に
   放っておけるものではないと聖書は言うのです。
   イエスさまは言われました。 「
口から出るものは、心から出て来ます。
   それは人を汚します。悪い考え、殺人、姦淫、不品行、盗み、偽証、
   ののしりは心から出て来るからです。これらは人を汚すものです。

                               マタイ15:18~20
   罪は神さまから赦していただかなければならないものです。神さまに赦しを
   求めることが悔い改めですが、神さまは赦してくださるのです。神さまが、悔
   い改める者を赦してくださる証拠は、イエス・キリストの十字架にあります。
   あの十字架で、イエスさまは私の、あなたのすべての罪を負って、代わりに
   罰を受けてくださったのです。あなたはそのことを信じますか。
           
   「
もし、私たちが自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですか
   ら、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。

                                Ⅰヨハネ1:9
   何の幸いなことでしょうか。その幸いを覚えて祈りましょう。
   「
私たちの負いめをお赦しください。私たちも、私たちに負いめのある
   人たちを赦しました。

 
     恵み溢れる神さまの祝福が豊かにありますように 



2017.10.23(月) テーマ  <主の祈り⑤

   イエスさまが教えてくださった『主の祈り』の中の、「私たちの日ごとの糧
   をきょうもお与えください
」の箇所を見てみましょう。
          
   「糧」とは、①食物のこと ②精神や生活のためになる必要なもの と手元
   の小さな辞書にはでています。 この祈りの背後には、「日ごとの糧」を与え
   てくださるのは、万物の創造者、父なる神さまだという理解があります。
   私たち人間の勤勉さや努力ということよりも先に、神さまが必要を備えてく
   ださることを認め、信じ期待して、それが与えられた時には感謝して受ける
   ようにとの勧めであろうと思います。食事の前に手を合わせたり、感謝の祈
   りをする人は少なくないでしょう。私も感謝の祈りをしますが、食事だけでは
   なく、生活のすべての分野に関わってくださる神さまへの信頼と感謝につな
   がります。「感謝します」ということばとその思いは、人間関係をより良いも
   のとすることでしょう。
           
   「日ごとの糧」が与えられることが当然なのではなく、与えてくださる神さま
   に感謝し、へりくだった心で祈りましょう。
   「
私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください」 マタイ6:11 
   
     
          神さまの恵みが豊かにありますように
 



2017.10.16(月) テーマ  <M・A・バーネット師来日100年記念宣教大会

   10月9日(月・祝)、福音伝道教団・館林キリスト教会を会場にして、私たち
   の教団の創立者、M・A・バーネット師来日100年を記念しての集会が開か
   れ、諸教会から300名を超える方々が集まりました。
          
   午前は、記念礼拝がささげられました。説教者は、「
そこで、わが子よ。キ
   リスト・イエスにある恵みによって強くなりなさい。多くの証人の前で私
   から聞いたことを、他の人たちにも教える力のある忠実な人たちにゆだ
   ねなさい。
」 Ⅱテモテ2:1~2  のみことばから、イエス・キリストの福
   音の継承(者)の大切さを語られました。その後、バーネット師の地上での
   72年のご生涯を映像プロジェクターで鑑賞しました。
   午後には、バーネット師とお交わりのあった方々から、バーネット師の信仰
   生き様、心温まるエピソードを聞くことができました。
   最後の記念宣教大会では、「
私は福音を恥とは思いません。福音は、ユ
   ダヤ人をはじめギリシヤ人にも信じるすべての人にとって、救いを得さ
   せる神の力です。
」 ローマ1:16  を中心として力強いメッセージがな
   されました。
              
   バーネット師が私たちに遺してくださったものは、イエス・キリストへの信仰
   聖い生き方の大切さ、宣教の使命と情熱でした。一人一人がそのバトンを
   託されていることを確認し、大きな励ましをいただき帰途につきました。
   
       神さまの祝福が豊かにありますように 



2017.10.9(月) テーマ  <主の祈り④

   今回は、イエスさまが教えてくださった「主の祈り」の中の、「みこころが天
   で行われるように地でも行われますように」
のことばをみていきましょう。
          
   一切の悪や罪も入り込む余地など決してないと思われる「天国」では、神さ
   まの完全なみこころがなされるでしょうが、罪悪がはびこり、神さまを悲しま
   せるこの世にあっても、神さまのみこころがなされるようにとの祈りをささげ
   なさいと言われています。神さまはみこころをどのようになさろうとされるの
   でしょうか。それは、神さまのみ思いを知り、喜んでそれに従おうとする人々
   を通してなされると思います。ですから、この祈りをすることは、神さまのみ
   こころを行う者とならせてくださいとの願いでもあると思います。
   アッシジのフランチェスコの「平和の祈り」を思い出します。
   「ああ主よ、私をあなたの平和の道具にしてください」とのことばから、その
   祈りは始まります。「平和の道具」となれるかどうかはわかりませんが、でも
   そう願いところから始めたいと思います。
              
   イエスさまはこう言われました。
   「平和を作る者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるから
    です。
 マタイ5:9
   平和を祈り、願い、それを作ることに心を向けていきたく願います。
 
         実りの秋に神さまの祝福を祈ります



2017.10.2(月) テーマ  <2017チャペルコンサートinオータム

   昨日午後2時から、「2017チャペルコンサートinオータム」が、羽生キリスト
   教会堂で行われました。
          
   今回は4回目となり、5つのグループが出演してくださり、それぞれ持ち時間
   15分を用いて、楽しく曲目紹介、メンバー紹介をもしてくださり、とても素敵
   な演奏を披露してくださいました。最初の演奏者は「羽生ハーモニカクラブ」
   12名の方々でした。指導者の加藤栄さんの式のもと、*羽生市民の歌
   「羽生わが町」*長崎の鐘*赤いランプの終列車 を演奏くださいました。
   続いて、アンサンブル和奏のメンバーの斎藤淳さんがコントラバス演奏を披
   露してくださいました。ピアノ伴奏は町田京子さんです。*アリア(バッハ)
   *Memory(久石譲)*Stand Alone(久石譲)の3曲で、コントラバスの低音
   の響きに感動しました。続いて群馬県邑楽町の SOUL JOY がゴスペルを
   披露してくれました。*I Was Glod *Keep On Prayig *君は愛され
   るために生まれた*If I Tell God  をそれぞれの曲の雰囲気に合わせて
   歌声を響かせてくださいました。
   小休憩を挟んで、後半は羽生キリスト教会聖歌隊が*幸い薄く見ゆる日に
   *You Are Special を歌ってくださいました。続いては、アンサンブル和
   奏のメンバーの寺本ゆき枝さんが*愛のあいさつ(エルガー)、*ときめく心
   に(レハーモ)、最後の曲*アメイジング・グレイスは、コントラバスも加わり
   すばらしい演奏を披露してくださいました。    
   
           
   その後、そのアメイジング・グレイスを全員で歌いました。驚くばかりの神の
   恵みと愛が注がれることを祈りながら。
    
 どのような秋になるのでしょうか。神の祝福を祈りつつ



2017.9.25(月) テーマ  <主の祈り③

   今回は、イエスさまが弟子たちに教えてくださった「主の祈り」の中の、
   「御国が来ますように」をみていきましょう。
          
   
   一つの政府に治められている地域を「国土」そして「国家」と呼びます。そう
   すると、「御国」とは、創造主である神さまが治めている領域と言えます。
   元々、全世界、全宇宙は神さまが創造されたものです。目に見えるものも、
   目に見えないものも、存在するものはすべて、創造主なる神さまが造られた
   ものです。
   当時、イスラエルはローマ帝国に支配されていました。だから、ローマ帝国
   から独立することを願い、祈っていた人々はたくさんいたでしょう。しかしこ
   の祈りは、イスラエルがそういう国家になるようにとの祈りではありません。
         
   神さまのご支配を喜んで生きる人々がたくさん起こされますようにとの願い
   です。究極的な「御国」は、神さまが新しい天と新しい地を確立される時に
   完成するのですが、イエスさまをキリスト(救い主)と信じた者の心に、神さ
   まのご支配が始まります。私も神さまのご支配の中に生かされていると信
   じています。ですから、「天にいます私たちの父よ。御名があがめられ
    ますように。御国が来ますように・・・
」 を私の祈りとしてささげています。

    
 9月の最後の一週間も祝福が豊かにありますように。



2017.9.18(月) テーマ  <主の祈り②

   イエスさまが教えてくださった「主の祈り」は、「天にいます私たちの父よ
   で始まります。天地万物の創造主、英知と力に満ちた偉大な神さまを
   「お父さま」と呼びかけなさいと言われるのです。
          
   
   その次のことばは、「御名があがめられますように」です。
   御名とは神さまのお名前であり、神さまご自身を表しています。神さまが神
   さまとして認められ、神さまが尊ばれますように、ということです。
   また、このことばは「聖別する」という意味もあります。神さまは、人間とは
   全く違う存在であり、神聖なお方です。
   旧約聖書の中にある「十戒」の最初の戒めは、「あなたには、わたしのほ
   かに、ほかの神々があってはならない」 
また、三番目の戒めは、「あな
   たは、あなたの神、主の御名を、みだりに唱えてはならない
」です。
   
   
    
    神の御名があがめられるとは、私たちが、神さまの命令を守り、神さまの
    喜ばれる生き方を選んでいくことです。唯一の神さまは、全世界であがめ
    られるべきお方です。
    今、ご一緒に祈りましょう。
    「天にいます私たちの父よ。御名があがめられますように
     
    神さまの祝福が豊かにありますように。



2017.9.11(月) テーマ  <主の祈り①

   8月は平和を考え、いのちを思い、祈りをささげることが日本において多くあ
   ったことでしょう。9月はどのような月となるでしょうか。
   私たちは日曜日の礼拝の中で、「主の祈り」というものをみんなでささげて
   います。それは、イエスさまが教えてくださったもので、「天にいます私たち
   の父よ
」ということばで始まります。
          
   
   この父とは、天地万物を創造された創造主、聖書で言われるです。
   人間は偶像を形造って、それに神という名前を付けることはできても、創造
   主であるお方を造ることはできません。人間は「神のかたち」に造られた被
   造物です。神は目に見えませんから、「神のかたち」とは、神と人格的な交
   わりを持てる存在、言い換えれば、祈ることができる存在と言えるでしょう。
   私たちは困った時に、また、自分の力を越える問題に対して祈ります。
   イエスさまは「天にいます私たちの父よ」と先ず呼びかけなさい、と教えてく
   ださいました。子どもの呼ぶ声に、親は耳を傾けます。決して無視などしま
   せん。創造主である天の父は、私たちの祈りに耳を傾けてくださるのです。
       
   
     「
イエスは、朝早くまだ暗いうちに起きて、寂しい所へ出て行き、
      そこで祈っておられた。」  
マルコ1:35
    
 祈りを教え、祈りを聞いてくださる神さまに感謝します。




2017.9.4(月) テーマ  <最期まで背負ってくださる主

   昨日の礼拝の中で、ご高齢の方々への感謝と祝福の祈りをさせていただき
   ました。その祈りの中で、旧約聖書のみことばの一節を引用しました。
              
   「
あなたがたが年をとっても、わたしは同じようにする。あなたがたが
    しらがになっても、わたしは背負おう。わたしはそうしてきたのだ。
    なお、わたしは運ぼう。わたしは背負って、救い出そう。」
 
                                    イザヤ46:4
   
聖書の中には、特にご高齢者について記述されている箇所があります。
   「
若い男の光栄は彼らの力。年寄りの飾りはそのしらが。箴言20:29
   
若い男は、身体全体から出てくるみなぎる力が魅力ですが、老人の飾り
   (尊厳)はしらがだと聖書は語るのです。
   さらに次のようなみことばもあります。
   「
あなたは白髪の老人の前では起立し、老人を敬い、また、あなたの神
    を恐れなければならない。」  
レビ記19:32
      
   ご老人の前で起立するとは、老人を心から尊敬し、その尊敬の行為を行動
   をもって示すようにということでしょう。目に見えるご老人に対してそのように
   することは、目に見えない神さまに対して、いつも畏敬の念をもつということ
   でしょう。神さまは、私たちの人生の終わりまで支えてくださるお方です。
   
      神さまの祝福が豊かにありますように。



2017.8.28(月) テーマ  <羽生ロータリークラブでの卓話

   先週、羽生ロータリークラブの集まりで、話しをする経験をさせていただき
   ました。友人がクラブのメンバーで、彼が推薦してくれその機会を得ました。
   どんな話しが良いだろうかと、お祈りし、思い巡らし、以下のようなポイント
   で話しました。         
           
       Ⅰ.キリスト教 世界で そして 日本で
      Ⅱ.聖書について
      Ⅲ.聖書の中心であるイエス・キリストに出会った人たち

   キリスト教を信じている人たちは、世界中では一番多いのです。
   世界では、およそ1/3がイエスをキリスト(救い主)と信じているのです。
   しかし、日本では圧倒的に少数派です。
   聖書は、
旧約聖書新約聖書が合わさったものです。創世記からはじま
   り
、ヨハネの黙示録で閉じられている66巻が聖書です。
   聖書を読んで、イエス・キリストと出会って、人生が変えられた人は実にたく
   さんいます。古今東西、多くの人の名前を挙げることができます。
      
   12年以上も放映されていた人気番組「知ってるつもり」の最終回は、それ
   までの番組で紹介された功績のある人々に、最も影響を与えた人物が選
   ばれました。その人物は、イエス・キリストでした。
   イエスが言われたことは人間としては考えられないものでした。
   「
わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してで
   なければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」 
                             
ヨハネ14:6
    
    イエス・キリストを遣わしてくださった父なる神に感謝します。



2017.8.21(月) テーマ  <2つの架け橋

   新渡戸稲造は、文久2年(1862年)9月1日に、岩手県盛岡で生まれました。
   岩手公園には碑があり、「願わくはわれ太平洋の橋とならん」とのことばが
   刻まれています。稲造が23歳の時、私費でアメリカに留学します。夢の第
   一歩だったでしょう。その後、ドイツの大学でも学び、世界を駆け回り、世界
   に日本を紹介し、日本に世界を知らせることに尽力しました。         
           
   『武士道』を書いたのも、その一環でした。それによって、稲造の名前は一
   気に広まり、国際感覚豊かな教育者知識人として活動し、業績と国際的な
   知名度のゆえに、国際連盟の事務次長に就任し、さらに活躍の場を広げて
   いきました。稲造は札幌農学校時代にイエス・キリストを信じ、クリスチャン
   になりました。そして、終生、敬虔なクリスチャンとして信仰の道を歩み続け
   ました。
        
   「橋(架け橋)」ということばを思う時、私はイエス・キリストの十字架を連想
   します。稲造の「架け橋」は日本と世界でした。イエス・キリストは地上と天
   上(天国)の架け橋となられたと言えるでしょう。
   イエス・キリストが、「
わたしが道です(I am the way)」と言われたのは、
   天国へ続く道は私たちの罪の代価としてご自身のいのちで贖ってくださった
   イエス・キリスト以外にはないとの意味です。
    
    
      
天からの祝福が豊かにありますように



2017.8.14(月) テーマ  <平和の君キリスト

   72年前の8月15日、日本がポツダム宣言を受け入れ、第二次世界大戦
   は終わりました。それから72年間、日本は戦争をしてはいません。
   日本は世界にただ一つの被爆国であり、今なお苦しみ続けておられる方々
   がおられ、自らの体験を語り、戦争の恐ろしさ、平和の大切さを語り続けて
   おられる姿に胸を打ちます。         
           
   私は、広島にも、長崎にもいまだに行ったことはないのですが、この時期に
   その地から届けられる報道に、平和を祈念する思いを一層強くします。
   また、この時期には山内修一さんが作られた「
きょうちくとうはさいたけど」
   
という歌を思い出します。 
   1 きょうちくとうは咲いたけど ねむった人は帰らない 七つの河は 
     きょうもまた あの日のように流れてる 崩れたドーム 傷のあと
     ねむった人は帰らない
   2 ひとりひとりのまごころに 平和の君を受けるまで 悲しい塔は
     立つだろう 悲しい雨にぬれながら ひとりひとりのまごころで
     平和の君に ちかうまで  
      
   この歌を作った時、山内さんは「平和の君キリストの これは挑戦だ」と思っ
   たそうです。私たちは、このキリストを主と呼び、礼拝しています。
     
  
    あなたの心がキリストの平和によって満たされますように



2017.8.7(月) テーマ  <夏期聖書講座

   明日から二日間の予定で、「2017夏期聖書講座」が開かれます。「夏期聖
   書講座」は、野外活動があったり、リクリエーションがあったりの「バイブルキ
   ャンプ」とは異なり、聖書を学ぶ時間がぎっしりと組まれている集会です。
   「バイブルキャンプ」が四日間あるのに比べて、「夏期聖書講座」は二日間
   だけです。福音伝道教団の諸集会の中でも、最も集中して聖書を学ぶ集会
   だと思います。 
        
           
  
   クリスチャンにとって、聖書は信仰の土台です。私たち福音伝道教団の信
   仰告白の最初の部分には、「旧新約聖書66巻は、神の霊感によるもので
   誤りのない神のことばであり、救いと主イエス・キリストを示し、信仰と生活
   の唯一の基準である。」とあります。毎年夏に行われているキャンプが、
   「バイブルキャンプ」であり、「夏期聖書講座」の名称も、その信仰告白のゆ
   えであると言ってもよいでしょう。
   
      
   
   私たちの身体の健康が、日々の規則正しい、栄養のバランスのとれた食
   事からできているように、正しい信仰と信仰者の成長は、聖書の学び抜き
   にはないことを、私は実感しています。聖書は、私たちが幸いな、霊的に
   健康な生き方ができるようにと、神が私たちに与えてくださったものなので
   す。聖書ということば自体、特別な響きがあるようにも思えます。
   

    「聖書はあなたに知恵を与えてキリスト・イエスに対する信仰による
    救いを受けさせることができるのです。」 
Ⅱテモテ3:15          

    
 ご健康が守られ、日々の生活が支えられますように



2017.7.31(月) テーマ  <「ありがとう」のことば

   前回は、105歳で地上の生涯を閉じられた日野原重明さんが、死を意識さ
   れたのでしょうか、周囲の方々にしきりに「ありがとう」の気持ちを伝えておら
   れたことをお分かちいたしました。「ありがとう」は、ふさわしい、またすばら
   しいお別れのことばだと思います。それを口にする方も、耳で聴く方にとって
   も、慰めをいただくことばでもあります。ある人は、「ありがとう」の5文字を
   最高のことばと言いました。
        
   
   ところで、「ありがとう」の語源は、「有り難い」ということばで、その意味は、
   「有ることを欲しても、なかなか実際には少ない。有ってほしいと望んでも
   有ることはめったにない。そのめったにないことをしてくれた」という意味だ
   そうです。では、「ありがたい」の反対語は何でしょうか。それは、「ありがた
   くない=よくあること」ではなく、「当たり前」ということばだそうです。
   この「当たり前」こそ、気をつけなければならない言葉だと思います。「当た
   り前」になると、「ありがとう」は生まれてきません。生活や人間関係の中で
   感謝や感動が失われていく最大の理由は、「当たり前」に思っている私たち
   の心です。
   
   
   「健康であって当たり前」「食べる物があって当たり前」・・・になっていると、
   その「ありがたみ」はわかりません。それらを失って初めて気づくのです。
   「ありがたい」「おかげさまで」という心こそ大切なのでしょう。
   大好きな賛美歌に「
感謝なき日はなし、賛美なき夜はなし」という一節が
   あります。聖書では、神さまへの感謝は、神さまへの賛美と一緒に書かれ
   ていることが多いです。「ありがとう」の心は神さまに喜ばれるものです。

  
    この一週間も神さまの祝福が豊かにありますように。        



2017.7.24(月)  テーマ  <残った命 人のために

   先週18日、105歳の内科医、日野原重明さんが召されました。同居する
   ご家族によりますと、眠るような最期だったそうです。400回以上にもなる
   この「希望のダイヤル」でも6回程、日野原さんの活動やことばを紹介させ
   ていただきました。
        
  
   1970年、赤軍派のメンバーにハイジャックされた「よど号」に乗り合わせ
   その経験が、その後の生き方を変えたようです。
   「その後は残された自分の命は、社会のため、人のために使うのだという
   使命感が強くなった」とご次男は語られていました。
   事実、その通りの生き方をされていました。日野原さんの診察室で勤務し
   た経験のある方は、「若い頃、献身的に患者さんを支える姿を間近で拝見
   しました。先生には、神から与えられた才能を人々のために生かすべきだ
   という信仰が、常に心にあったのだと思う。」と言っています。
   
   最近は、ご自宅で療養なされ、栄養点滴や人工呼吸器などの延命措置も
   いっさいなさらなかったそうです。召される少し前からは、しきりに「ありが
   とう」の感謝の気持ちを周囲に伝えていたそうです。
   日野原さんが感銘を受けた新約聖書の一節です。 
   「
一粒の麦もし地に落ちて死なずば唯一つにあらん。もし死なば多く
   の果を結ぶべし。
」 ヨハネの福音書11:24(文語訳)
  
 梅雨が明けました。本格的な夏到来です。呉々もご自愛ください。
      
           
       
 神さまの祝福が豊かにありますように



2017.7.17(月)  テーマ  <嵐を静められたイエス

   昨日の日曜日の午後に、子どもたちを対象にした「夏のお楽しみ会」を開
   催しました。その集会の中で、「海と空つくられた主は」という歌をみんな
   で賛美しました。「海と空つくられた主は あなたの主 私の神 罪を赦し
   救い給う みんなの主 イエスは主ハレルヤ~」という歌詞です。
        
  
   さて、今日は「
海の日」です。「海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本
   の繁栄を願う」ことが、制定の趣旨だったそうです。
   新約聖書・ルカの福音書8章に、「ガリラヤ湖」で起こったことが記されてい
   ます。豊かな自然とたくさんの魚を供給してくれる場所ですが、時には自然
   の猛威の舞台ともなりました。イエスさまと弟子たちは、小舟で湖の深みに
   漕ぎ出したのですが、突然の大嵐に見舞われてしまいました。小舟は水を
   かぶり、みないのちの危険にさらされたのでした。
   慌てた弟子たちはイエスに、「
先生、先生。私たちはおぼれて死にそう
   です
。」と訴えました。それまで寝ていたイエスは、起き上がって、風と荒
   波とをしかりつけられました。すると不思議にも、風も波も治まり、静かに
   なったのでした。
        
  
   主イエスさまは、神の御力をもって嵐を静められたのです。私たちの人生に
   も、大雨や大風、大型台風もあるでしょう。でも、そのような時にも、イエス
   さまは、私たちの人生の舟に乗ってくださり、一緒にいて、守ってくださるの
   です。真夏日、猛暑日もあります。呉々もご自愛ください。   
    
        
        
神さまの祝福が豊かにありますように



2017.7.10(月)  テーマ  <苦しみが幸せの入口に

   先週、記録的な豪雨となった九州北部の報道が重なるたびに、その被害
   の甚大さ、犠牲者の数も増え続けています。痛ましさに心が重くなります。
   どこに住んでいても豪雨は避けられませんが、山間部や川沿いの地域は
   大きな被害を受けてしまいます。上からの励ましとお支えを祈ります。
      
  
   旧約聖書の
詩篇119篇7節には「苦しみに会ったことは、私にとって
   しあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。
」 とあり
   ます。「苦しみに会ったこと」がどうして「しあわせ」につながるのだろうか。
   わからないし、怒りをも招くことばにもなりかねないと思います。納得なん
   で到底できない、と言われてしまいそうです。
   苦しみの真っ直中にいる時には、一刻もはやくこの状況から解放されたい
   と願うものです。苦しみが続けば、一層のこと死んでしまえばこの苦しみか
   ら解放されるとさえ考えてしまいます。苦しみに会ったことがしあわせと、
   どうすれば言えるのでしょうか。作者は、苦しみの中で「
神のおきて」を、
   学んだことが
「しあわせ」に道を開いたことを体験したのでしょう。
               
    
   
105歳の日野原重明先生は、今なお現役の医師ですが、若い頃に大き
   な試練に遇われました。大学2年生の時に、「肺結核」と「肋膜炎」を患い
   1年間休学を余儀なくされます。しかし、「私が病気になったのは、神から
   のお恵みと感謝しています」と仰っています。ご自身が大きな病気を経験
   したから、患者さんの気持ちがわかると言われていました。

   苦しみや悲しみの中で、神さまに祈る時、聖書のみことばや物語が思い
   だされることがよくあります。神さまが働いてくださるのでしょう。
   
   
今、疲労と悲しみの中におられる方々に、慰めと力が与えられます
   ように。神さまの平安が豊かにありますように。



2017.7.3(月)  テーマ  <2017チャペルコンサートinサマー

   昨日、7月2日()午後2時から、羽生キリスト教会会堂で「チャペルコン
   サート」が開かれました。今回は3回目で、「
2017チャペルコンサート
   
inサマー」と命名してのものでした。出演してくださる方々の素敵な演奏で
   とても好評を博し、今年は2回開催する予定です。
      
  
   最初の演奏者は、「須影ハーモニカクラブ」(13名)で、演奏曲目は
   *学生時代 *花は咲く(大震災復興支援ソング) *魔弾の射手でした。
   レパートリーの広さを感じました。次には、照井初穂さんがピアノ独奏をし
   てくださいました。 *小犬のワルツ *幻想即興曲 *アラベスク第1番
   *愛の夢第3番 うっとりと聴かせていただきました。 その後に、羽生キ
   リスト教会の聖歌隊が、昔から教会で愛唱されてきた *村の小さき教会
   *世には良き友も の2曲を歌ってくれました。
   小休止を挟んで、後半は「オカリナサークルそよ風」6人のメンバーが、
   オカリナの美しい音色を奏でてくださいました。オカリナという楽器は、とて
   も繊細な楽器だそうで、その日の気候や体調にも左右されるそうです。
   *見上げてごらん夜の星を *黒ねこのタンゴ *竹田の子守歌 
   *アヴェ・マリヤ の4曲を優しい音色で奏でてくださいました。
   最後に、フランスから日本に来られた佐藤ナビラ・アメリさんが、
   *おおシャンゼリゼ *パリの空の下 *恋はみずいろ *さよならを教え
   て の有名なシャンソンをゆったりと聴かせてくださいました。
               
  
   皆さん、明るく、絵顔が素敵でした。3ヶ月後、10月1日(
)に開催予定
   の
「2017チャペルコンサー in オータム」が今からとても楽しみです。
   
    
      ご健康が支えられますように。主の祝福を祈ります。



2017.6.26(月)  テーマ  <アンサーズ・イン・ジェネシス

   アメリカのケンタッキー州にある「天地創造博物館」がとても人気に
   なっているそうです。この博物館は、「アンサーズ・イン・ジェネシス
  
 (創世記の中の答)」という、12万人の会員を持つ団体が設立しました。
        
  
   この博物館のスタッフは、「アメーバは最初からアメーバ、魚は最初から
   魚、人類は最初から人類です。神が人類を創造したのです。」と説明し
   ます。見学コースを進むと、神が6日間で全てを創造したとの説明がな
   されます。
旧約聖書に基づく博物館の基本概念が示されているそうで
   す。日本の公立学校では「進化論」だけが教えられていますから、
   「創造論」を学ぶことはありません。日本においては、「進化論」を選択
   することは当たり前のことなのでしょうか。「創造論」は馬鹿げた昔の話
   なのでしょうか。個々人のレベルにおいて、究極的な選択が迫られるの
   ではないでしょうか。
        
  
   「進化論」と「創造論」、あなたはどうお考えになりますか。
   「
初めに神が天と地を創造した。」 創世記1:1 これは、「聖書
   の最初のことばです。 私は創造主なる神を信じ、聖書から生きること
   の意味や幸い、平安をいただいています。
   
    今日も神さまのことを覚えて歩めますように。



2017.6.19(月)  テーマ  <キリストに捕らえられて>

   イエス・キリストの使徒として、紀元1世紀の地中海世界に、キリストの福
   音を伝え、あちこちに信じる者たちのグループ(教会)を作っていったパウ
   ロのことばをお届けします。
      
    
   パウロは、神の恵みによって救っていただいたことを、いつも喜び感謝して
   いました。それとともに、もっともっと神さまのことを知りたいと熱望してい
   ました。それは、パウロが十字架で死なれたナザレのイエスを信じ、救い
   という信仰による賜物(プレゼント)をいただけたのは、パウロ自身にでは
   なく、「キリスト・イエスが私を捕らえてくださった。」 ピリピ3:12 に
   理由があると考えていたからです。
    
         
   ある方が、人生の大きな苦しみの中で、藁にもすがる思いで教会の門を
   たたいたそうです。「すべて、疲れた人、重荷を負っている人はわたし
   のところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。

   マタイ11:28 の看板を見たからでした。
   間もなくして、その方はイエス・キリストを信じ、平安をいただきました。
   ある日、「あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあ
   なたがたを選び、あなたがたを任命したのです。
 ヨハネ15:16
   のみことばを知って、神さまが自分を捕らえてくださるための苦しみであっ
   たと理解し、納得したそうです。
       
      

  
 私も、「キリストに捕らえられた」ということがわかります。あなたはどう
   思われますか。
             
         
     
神さまの恵みと平安が豊かにありますように。