希望のダイヤル
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  (毎週月曜日更新)

2017.8.14(月) テーマ  <平和の君キリスト

   72年前の8月15日、日本がポツダム宣言を受け入れ、第二次世界大戦
   は終わりました。それから72年間、日本は戦争をしてはいません。
   日本は世界にただ一つの被爆国であり、今なお苦しみ続けておられる方々
   がおられ、自らの体験を語り、戦争の恐ろしさ、平和の大切さを語り続けて
   おられる姿に胸を打ちます。         
           
   私は、広島にも、長崎にもいまだに行ったことはないのですが、この時期に
   その地から届けられる報道に、平和を祈念する思いを一層強くします。
   また、この時期には山内修一さんが作られた「
きょうちくとうはさいたけど」
   
という歌を思い出します。 
   1 きょうちくとうは咲いたけど ねむった人は帰らない 七つの河は 
     きょうもまた あの日のように流れてる 崩れたドーム 傷のあと
     ねむった人は帰らない
   2 ひとりひとりのまごころに 平和の君を受けるまで 悲しい塔は
     立つだろう 悲しい雨にぬれながら ひとりひとりのまごころで
     平和の君に ちかうまで  
      
   この歌を作った時、山内さんは「平和の君キリストの これは挑戦だ」と思っ
   たそうです。私たちは、このキリストを主と呼び、礼拝しています。
     
  
    あなたの心がキリストの平和によって満たされますように



2017.8.7(月) テーマ  <夏期聖書講座

   明日から二日間の予定で、「2017夏期聖書講座」が開かれます。「夏期聖
   書講座」は、野外活動があったり、リクリエーションがあったりの「バイブルキ
   ャンプ」とは異なり、聖書を学ぶ時間がぎっしりと組まれている集会です。
   「バイブルキャンプ」が四日間あるのに比べて、「夏期聖書講座」は二日間
   だけです。福音伝道教団の諸集会の中でも、最も集中して聖書を学ぶ集会
   だと思います。 
        
           
  
   クリスチャンにとって、聖書は信仰の土台です。私たち福音伝道教団の信
   仰告白の最初の部分には、「旧新約聖書66巻は、神の霊感によるもので
   誤りのない神のことばであり、救いと主イエス・キリストを示し、信仰と生活
   の唯一の基準である。」とあります。毎年夏に行われているキャンプが、
   「バイブルキャンプ」であり、「夏期聖書講座」の名称も、その信仰告白のゆ
   えであると言ってもよいでしょう。
   
      
   
   私たちの身体の健康が、日々の規則正しい、栄養のバランスのとれた食
   事からできているように、正しい信仰と信仰者の成長は、聖書の学び抜き
   にはないことを、私は実感しています。聖書は、私たちが幸いな、霊的に
   健康な生き方ができるようにと、神が私たちに与えてくださったものなので
   す。聖書ということば自体、特別な響きがあるようにも思えます。
   

    「聖書はあなたに知恵を与えてキリスト・イエスに対する信仰による
    救いを受けさせることができるのです。」 
Ⅱテモテ3:15          

    
 ご健康が守られ、日々の生活が支えられますように



2017.7.31(月) テーマ  <「ありがとう」のことば

   前回は、105歳で地上の生涯を閉じられた日野原重明さんが、死を意識さ
   れたのでしょうか、周囲の方々にしきりに「ありがとう」の気持ちを伝えておら
   れたことをお分かちいたしました。「ありがとう」は、ふさわしい、またすばら
   しいお別れのことばだと思います。それを口にする方も、耳で聴く方にとって
   も、慰めをいただくことばでもあります。ある人は、「ありがとう」の5文字を
   最高のことばと言いました。
        
   
   ところで、「ありがとう」の語源は、「有り難い」ということばで、その意味は、
   「有ることを欲しても、なかなか実際には少ない。有ってほしいと望んでも
   有ることはめったにない。そのめったにないことをしてくれた」という意味だ
   そうです。では、「ありがたい」の反対語は何でしょうか。それは、「ありがた
   くない=よくあること」ではなく、「当たり前」ということばだそうです。
   この「当たり前」こそ、気をつけなければならない言葉だと思います。「当た
   り前」になると、「ありがとう」は生まれてきません。生活や人間関係の中で
   感謝や感動が失われていく最大の理由は、「当たり前」に思っている私たち
   の心です。
   
   
   「健康であって当たり前」「食べる物があって当たり前」・・・になっていると、
   その「ありがたみ」はわかりません。それらを失って初めて気づくのです。
   「ありがたい」「おかげさまで」という心こそ大切なのでしょう。
   大好きな賛美歌に「
感謝なき日はなし、賛美なき夜はなし」という一節が
   あります。聖書では、神さまへの感謝は、神さまへの賛美と一緒に書かれ
   ていることが多いです。「ありがとう」の心は神さまに喜ばれるものです。

  
    この一週間も神さまの祝福が豊かにありますように。        



2017.7.24(月)  テーマ  <残った命 人のために

   先週18日、105歳の内科医、日野原重明さんが召されました。同居する
   ご家族によりますと、眠るような最期だったそうです。400回以上にもなる
   この「希望のダイヤル」でも6回程、日野原さんの活動やことばを紹介させ
   ていただきました。
        
  
   1970年、赤軍派のメンバーにハイジャックされた「よど号」に乗り合わせ
   その経験が、その後の生き方を変えたようです。
   「その後は残された自分の命は、社会のため、人のために使うのだという
   使命感が強くなった」とご次男は語られていました。
   事実、その通りの生き方をされていました。日野原さんの診察室で勤務し
   た経験のある方は、「若い頃、献身的に患者さんを支える姿を間近で拝見
   しました。先生には、神から与えられた才能を人々のために生かすべきだ
   という信仰が、常に心にあったのだと思う。」と言っています。
   
   最近は、ご自宅で療養なされ、栄養点滴や人工呼吸器などの延命措置も
   いっさいなさらなかったそうです。召される少し前からは、しきりに「ありが
   とう」の感謝の気持ちを周囲に伝えていたそうです。
   日野原さんが感銘を受けた新約聖書の一節です。 
   「
一粒の麦もし地に落ちて死なずば唯一つにあらん。もし死なば多く
   の果を結ぶべし。
」 ヨハネの福音書11:24(文語訳)
  
 梅雨が明けました。本格的な夏到来です。呉々もご自愛ください。
      
           
       
 神さまの祝福が豊かにありますように



2017.7.17(月)  テーマ  <嵐を静められたイエス

   昨日の日曜日の午後に、子どもたちを対象にした「夏のお楽しみ会」を開
   催しました。その集会の中で、「海と空つくられた主は」という歌をみんな
   で賛美しました。「海と空つくられた主は あなたの主 私の神 罪を赦し
   救い給う みんなの主 イエスは主ハレルヤ~」という歌詞です。
        
  
   さて、今日は「
海の日」です。「海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本
   の繁栄を願う」ことが、制定の趣旨だったそうです。
   新約聖書・ルカの福音書8章に、「ガリラヤ湖」で起こったことが記されてい
   ます。豊かな自然とたくさんの魚を供給してくれる場所ですが、時には自然
   の猛威の舞台ともなりました。イエスさまと弟子たちは、小舟で湖の深みに
   漕ぎ出したのですが、突然の大嵐に見舞われてしまいました。小舟は水を
   かぶり、みないのちの危険にさらされたのでした。
   慌てた弟子たちはイエスに、「
先生、先生。私たちはおぼれて死にそう
   です
。」と訴えました。それまで寝ていたイエスは、起き上がって、風と荒
   波とをしかりつけられました。すると不思議にも、風も波も治まり、静かに
   なったのでした。
        
  
   主イエスさまは、神の御力をもって嵐を静められたのです。私たちの人生に
   も、大雨や大風、大型台風もあるでしょう。でも、そのような時にも、イエス
   さまは、私たちの人生の舟に乗ってくださり、一緒にいて、守ってくださるの
   です。真夏日、猛暑日もあります。呉々もご自愛ください。   
    
        
        
神さまの祝福が豊かにありますように



2017.7.10(月)  テーマ  <苦しみが幸せの入口に

   先週、記録的な豪雨となった九州北部の報道が重なるたびに、その被害
   の甚大さ、犠牲者の数も増え続けています。痛ましさに心が重くなります。
   どこに住んでいても豪雨は避けられませんが、山間部や川沿いの地域は
   大きな被害を受けてしまいます。上からの励ましとお支えを祈ります。
      
  
   旧約聖書の
詩篇119篇7節には「苦しみに会ったことは、私にとって
   しあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。
」 とあり
   ます。「苦しみに会ったこと」がどうして「しあわせ」につながるのだろうか。
   わからないし、怒りをも招くことばにもなりかねないと思います。納得なん
   で到底できない、と言われてしまいそうです。
   苦しみの真っ直中にいる時には、一刻もはやくこの状況から解放されたい
   と願うものです。苦しみが続けば、一層のこと死んでしまえばこの苦しみか
   ら解放されるとさえ考えてしまいます。苦しみに会ったことがしあわせと、
   どうすれば言えるのでしょうか。作者は、苦しみの中で「
神のおきて」を、
   学んだことが
「しあわせ」に道を開いたことを体験したのでしょう。
               
    
   
105歳の日野原重明先生は、今なお現役の医師ですが、若い頃に大き
   な試練に遇われました。大学2年生の時に、「肺結核」と「肋膜炎」を患い
   1年間休学を余儀なくされます。しかし、「私が病気になったのは、神から
   のお恵みと感謝しています」と仰っています。ご自身が大きな病気を経験
   したから、患者さんの気持ちがわかると言われていました。

   苦しみや悲しみの中で、神さまに祈る時、聖書のみことばや物語が思い
   だされることがよくあります。神さまが働いてくださるのでしょう。
   
   
今、疲労と悲しみの中におられる方々に、慰めと力が与えられます
   ように。神さまの平安が豊かにありますように。



2017.7.3(月)  テーマ  <2017チャペルコンサートinサマー

   昨日、7月2日()午後2時から、羽生キリスト教会会堂で「チャペルコン
   サート」が開かれました。今回は3回目で、「
2017チャペルコンサート
   
inサマー」と命名してのものでした。出演してくださる方々の素敵な演奏で
   とても好評を博し、今年は2回開催する予定です。
      
  
   最初の演奏者は、「須影ハーモニカクラブ」(13名)で、演奏曲目は
   *学生時代 *花は咲く(大震災復興支援ソング) *魔弾の射手でした。
   レパートリーの広さを感じました。次には、照井初穂さんがピアノ独奏をし
   てくださいました。 *小犬のワルツ *幻想即興曲 *アラベスク第1番
   *愛の夢第3番 うっとりと聴かせていただきました。 その後に、羽生キ
   リスト教会の聖歌隊が、昔から教会で愛唱されてきた *村の小さき教会
   *世には良き友も の2曲を歌ってくれました。
   小休止を挟んで、後半は「オカリナサークルそよ風」6人のメンバーが、
   オカリナの美しい音色を奏でてくださいました。オカリナという楽器は、とて
   も繊細な楽器だそうで、その日の気候や体調にも左右されるそうです。
   *見上げてごらん夜の星を *黒ねこのタンゴ *竹田の子守歌 
   *アヴェ・マリヤ の4曲を優しい音色で奏でてくださいました。
   最後に、フランスから日本に来られた佐藤ナビラ・アメリさんが、
   *おおシャンゼリゼ *パリの空の下 *恋はみずいろ *さよならを教え
   て の有名なシャンソンをゆったりと聴かせてくださいました。
               
  
   皆さん、明るく、絵顔が素敵でした。3ヶ月後、10月1日(
)に開催予定
   の
「2017チャペルコンサー in オータム」が今からとても楽しみです。
   
    
      ご健康が支えられますように。主の祝福を祈ります。



2017.6.26(月)  テーマ  <アンサーズ・イン・ジェネシス

   アメリカのケンタッキー州にある「天地創造博物館」がとても人気に
   なっているそうです。この博物館は、「アンサーズ・イン・ジェネシス
  
 (創世記の中の答)」という、12万人の会員を持つ団体が設立しました。
        
  
   この博物館のスタッフは、「アメーバは最初からアメーバ、魚は最初から
   魚、人類は最初から人類です。神が人類を創造したのです。」と説明し
   ます。見学コースを進むと、神が6日間で全てを創造したとの説明がな
   されます。
旧約聖書に基づく博物館の基本概念が示されているそうで
   す。日本の公立学校では「進化論」だけが教えられていますから、
   「創造論」を学ぶことはありません。日本においては、「進化論」を選択
   することは当たり前のことなのでしょうか。「創造論」は馬鹿げた昔の話
   なのでしょうか。個々人のレベルにおいて、究極的な選択が迫られるの
   ではないでしょうか。
        
  
   「進化論」と「創造論」、あなたはどうお考えになりますか。
   「
初めに神が天と地を創造した。」 創世記1:1 これは、「聖書
   の最初のことばです。 私は創造主なる神を信じ、聖書から生きること
   の意味や幸い、平安をいただいています。
   
    今日も神さまのことを覚えて歩めますように。



2017.6.19(月)  テーマ  <キリストに捕らえられて>

   イエス・キリストの使徒として、紀元1世紀の地中海世界に、キリストの福
   音を伝え、あちこちに信じる者たちのグループ(教会)を作っていったパウ
   ロのことばをお届けします。
      
    
   パウロは、神の恵みによって救っていただいたことを、いつも喜び感謝して
   いました。それとともに、もっともっと神さまのことを知りたいと熱望してい
   ました。それは、パウロが十字架で死なれたナザレのイエスを信じ、救い
   という信仰による賜物(プレゼント)をいただけたのは、パウロ自身にでは
   なく、「キリスト・イエスが私を捕らえてくださった。」 ピリピ3:12 に
   理由があると考えていたからです。
    
         
   ある方が、人生の大きな苦しみの中で、藁にもすがる思いで教会の門を
   たたいたそうです。「すべて、疲れた人、重荷を負っている人はわたし
   のところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。

   マタイ11:28 の看板を見たからでした。
   間もなくして、その方はイエス・キリストを信じ、平安をいただきました。
   ある日、「あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあ
   なたがたを選び、あなたがたを任命したのです。
 ヨハネ15:16
   のみことばを知って、神さまが自分を捕らえてくださるための苦しみであっ
   たと理解し、納得したそうです。
       
      

  
 私も、「キリストに捕らえられた」ということがわかります。あなたはどう
   思われますか。
             
         
     
神さまの恵みと平安が豊かにありますように。

 


2017.6.12(月)  テーマ  <時の記念日によせて>

   6月の記念日カレンダーには、10日を「時の記念日」と書かれています。
   その記念日は、百年ほど前に制定されたようです。また、「時は金なり
   ということわざもあり、英語でも〝Time is money〟と言われるそうです。
  
       
   時間というのは、すべての人に平等に与えられた、二度と取り返すことの
   できない、大切なものです。そんな時間について、改めて考える日、それ
   が「時の記念日」の制定された目的だそうですが、若い人たちには余り
   知られていないのではないでしょうか。キリスト教を伝えるために日本にや
   って来た宣教師フランシスコ・ザビエルによって、日本に機械を用いた時
   計がもたらされたと言われているそうです。
  
       
   旧約聖書の「伝道者の書」には、「時」ということばがたくさんでてくる箇
   所があります。その二つを紹介します。「天の下では、何事にも定まった
   
時期があり、すべての営みには時がある。」 3:1 「神のなさること
   は、すべて時にかなって美しい。
 3:11 
    
     

  
 神さまのなさることは、どんなことでも時にかなって美しいと言い得た信
   仰者の心、その心で人生に起こることを見ていったら、どんな人生がおく
   れるのかな~なんて考えています。お互いに与えられている「時」を大切
   にしていきましょう。
 
             
         神さまの祝福が豊かにありますように。

 


2017.6.5(月)  テーマ  <この日を楽しみ喜ぼう>

   「今日と同じ日付の日は、毎年訪れます。しかし、今日という日は二度と
   巡ってきません」と言われます。本当にその通りですね。
   今日も、「詩篇」のみことばをご一緒に味わいましょう。

       
      
   詩篇118篇24節 に、「これは、主が設けられた日である。この日を
   楽しみ喜ぼう。
」 とあります。
   今日という日は、後にも先にもない日、この日は私たちが楽しみ、かつ、
   喜ぶために神さまが備えてくださった日であると詩人は言っています。
   悲しむために、苦しむために、悩むために、神さまが一日を与えておられ
   ると考えるよりも、はるかに励まされるものです。一日に起こってくるでき
   ごとの中に、楽しめる要素、喜べることを見いだすことは難しいでしょうか。
   簡単なことではないかもしれませんが、ものごとを見る視点(見方)が結構
   重要なこと、決め手なのかもしれません。
   先のみことばの前には、イエス・キリストの十字架と関わりがあると思われ
   ることが書き記されています。十字架で死なれたイエスさまですが、神の
   大能によってよみがえらされました。  
   
   
    
   
   イエスさまがよみがえられた日は、神さまが設けてくださった特別な日で
   す。イエスさまはよみがえられただけではなく、ずっと一緒にいてくださる
   のです。そのことが「楽しみ、喜ぶ」ことができる土台なのです。
       
     
その日、その日を、心から楽しみ、喜べますように。

 


2017.5.29(月)  テーマ  <神の栄光、神の教え>

   旧約聖書の中に、「詩篇」というものがあります。昔も今も、多くの人たち
   から親しまれ、また愛唱されているものです。「詩篇」には、私たちの人生
   に起こる様々な問題が取り上げられており、昔も今も、人間の本質や喜怒
   哀楽は少しも変わらないことを強く思わされます。

       
      
   その中で、詩篇19篇 はとてもダイナミックなもの、また、大切なことを
   教えてくれています。書き出しには、「天は神の栄光を語り告げ、大空は
   御手のわざを告げ知らせる。
」 とあります。
   目を上げて澄んだ青空や真っ暗な夜空にきらめき光る星々を見る時、そこ
   には創造主の働きがあると作者のダビデは唱うのです。天体の規則正し
   い運行も、創造主の偉大さのゆえなのです。それと共に、創造主なる神
   さまが与えてくださった律法(教え)の素晴らしさも告白されています。
   「主のみおしえは完全で、たましいを生き返らせ、主のあかしは確か
   で、わきまえのない者を賢くする。」 
7節 
と。
   ですからダビデは、「あなたのしもべを傲慢の罪から守ってください。
   
13節 と祈るのです。

    
   
   イエスさまはこの偉大なお方を、「天にいます私たちの父よ」と呼びかけ
   なさいと言ってくださいました。偉大な創造主は、愛と恵みに満ちた父とし
   て、私たちの祈りを聞いてくださるのです。何と幸いなことでしょう。       
     
           
父なる神さまの大いなる祝福を祈ります。

 


2017.5.22(月)  テーマ  <生かされてあるいのち>>

  昨日の礼拝は、「召天者記念礼拝」であり、礼拝後には愛餐会、その後に
  地上の生涯を終えられて、父なる神の御許に召された兄姉方に思い出を
  語り合い、その信仰と生き方をもう一度覚えさせていただきました。
    
  礼拝堂の一部にテーブルを用意し、その上に召天者の写真を置かせてい
  ただきました。新約聖書の中に、「彼は死にましたが、その信仰によって
  今なお語っています。
」  ヘブル11:4  のみことばがあります。
  すでに天に召され、そのご遺骨を納骨堂にお預かりしてはいますが、毎日
  の生活の中で思い出すことはほどんどなく、年に一度、召天者記念礼拝が
  あるからこそ、思い起こさせていただき、懐かしさや励ましがいただけるの
  です。そして、これがまた、恵みであることを感じています。
  今年106歳になられる日野原重明先生は、「いのちとはあなたが使える
  時間です
。」と言われました。その与えられている時間をどう用いるかとい
  うことです。
           
  生きている人たちからも、すでに天に召された方々からも、何よりも神さま
  と神さまのことばである聖書から、私たちは生きる力と希望を与えていただ
  けることは何と幸いなことでしょうか。  
       
  教会の玄関の前にも、植木や花々が植えられているスペースが少しありま
  す。色とりどりの花が元気に咲いています。草木も花々も生きていて、私た
  ちを喜ばせてくれています。
             幸いな日々でありますように
 

 


2017.5.15(月)  テーマ  <母の日に想う

  私は昨日の日曜日は、主管牧師代務者を務めている尾島キリスト教会に
  行きましたが、午後には「母の日の集会~家族に感謝する~」が開かれ
  ました。        
    
  その「母の日」ですが、それは教会から始まりました。子どもたちの礼拝の
  教師をしていたジャービスさんは、モーセの「十戒」の中にある、「あなた
  の父と母を敬え」のことばから子どもたちに話をし、「お母さんの愛に対し
  て心から感謝を表す方法を考えてください。」と話し、子どもたちに中には
  彼女の娘アンナいました。その後、ジャービスさんは天に召され、教会で
  追悼式が行われました。その時にアンナさんはたくさんのカーネーションの
  花を飾ってお母さんを偲びました。このことが列席者に大きな感動を与えて
  それが「母の日」になっていきます。 1914年、アメリカの議会は5月第二
  日曜日を「母の日」と定め、やがて、世界の多くの国にこの習慣が広がりま
  した。「母の日」の原点は、人間の幸せのために神がくださった「十戒」にあ
  ったのです。
            
  あなたのお母さんはお元気でしょうか。お歳を召されていらっしゃったり、お
  身体がご不自由であったり、あるいはすでに召されていらっしゃるかもしれ
  ません。いずれであったとしても、「父と母を敬え」の教えと実行が、平和と
  幸いな社会の土台ではないかと考えます。いかがでしょうか。  

   
 神さまの祝福があなたとご家族の上に豊かにありますように。
 

 


2017.5.8(月)  テーマ  <求めなさい。そうすれば・・

  ゴールデンウイークはどのようにお過ごしになりましたか。
  さて、「求めよ、さらば与えられん」ということばをご存知と思います。ある
  本に「これは、キリスト教の信仰のみならず、人生一般にもあてはまるこ
  とができる言葉ですね」とありました。        
    
  その著者は、何かを成し遂げようとするならば、成し遂げようとする気持
  ちを持ち続け、努力していくことが大切で、そうすれば必ず成果はついて
  くると言って、読者を励ましているようでした。
  私たちの教団の聖書学院では、「牧会協力者研修コース」という講座が
  設けられ、3名以上の受講者があれば開講しています。すでに、20名を
  超す方々が受講し、学びを修了しています。2017年度も開講できればと
  祈ってきました。幸い、3名の受講者が与えられましたが、うち1名は講
  義の半分にしか出席できないようで、もう一人の受講生が与えられるよ
  うに、「求めなさい。そうすれば与えられます」というイエスさまのことばを
  思いながら、しばらくの期間、祈りました。すると、教団外の教会の方が
  「牧会協力者研修コース」のことを知って、受講申請されたのです。
           
  この講座は、今週の土曜日からスタートします。
  イエスさまのことばは、さらにこのようにつながれていきます。
  「天におられるあなたがたの父が、どうして、求める者たちに良いも
  のを下さらないことがありましょう。それで、何事でも、自分にしても
  らいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい。」
  
 マタイ7:11,12 
 このことばも覚えていきたいものですね。  
     
       神さまの祝福が豊かにありますように。

 


2017.5.1(月)  テーマ  <失敗からも学ぶ

  ゴールデンウイークの最中、いかがお過ごしですか。この期間に予定や
  計画がありますか。計画通りに物事が進み、この一週間も幸いな日々で
  ありますようにと願います。
      
  さて、毎日の生活で「ああ、失敗したな~」「やはりダメだったか!」と思う
  ことはありませんか。私はよくあります。
  「あなたはこれを発明するまでに、1万回もの失敗をしたそうですね」と言わ
  れたトーマス・エジソンは「私は失敗などしていません。うまくいかない1万
  個の方法をみつけたのです」と答えたそうです。
  
「失敗に」なった原因に気づいたのですから、それを次に役立てれば良い
  ので、すべてがダメだと思ってしまうことなど決してないのです。
  聖書の中には
、成功した人よりも、失敗した人の方が圧倒的に多くでてき
  ます。否、人生の成功者などという表現は聖書にはないのです。「神さまの
  祝福を受けた、恵みを賜った」ということであり、そういう人々も、数多くの
  失敗から学んだのです。イエス・キリストの使徒パウロはこう書きました。
  「
神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のた
  めには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たち
  は知っています。」 
ローマ8:28   
        
  パウロにも失敗はあり、苦難・苦しみはたくさんありました。しかし、失敗
  から豊かな学びがあり、苦しみさえも益に変えられる、変えてくださる神で
  あることを知ることは、何と有益なこと、何という励ましのことばでしょうか。
  「
あなたのしようとすることを主にゆだねよ。そうすれば、あなたの計
  画はゆるがない。
」 箴言16:3
  
   
       
幸いな一週間でありますように。

 


2017.4.24(月)  テーマ  <変えられた人生

  世界にも、日本にも、問題はたくさんあります。それらの問題をどう解決し
  ていくのか、本当の知恵が求められているのでしょう。それ以上に、人が
  変えられなければならないことも事実であるように思います。
            
  金持ちで何の不自由もなく生活していたザアカイという人が新約聖書にで
  てきます。彼は「取税人のかしら」とあり、彼の職業が彼を富ませていたこ
  とがわかります。彼の築いた財産は、彼の生活を潤したに違いないと思い
  ますが、彼の心までも潤すことはありませんでした。否、むしろ、心は空し
  く、孤独で、幸せではありませんでした。何とかしたい、自分の人生を変え
  たいと思っていました。しかし、自分ではどうすることもできなかったようで
  す。そんなザアカイに人生を変える機会が訪れたのです。
  イエスさまがザアカイの住んでいる町に来ることを知ったザアカイが、イエ
  スさまにお会いしようと思ったことが人生を変えるきっかけとなりました。
  人垣で見えないので、木に登ってイエスさまを見ようとしたザアカイにイエ
  スさまの方から声をかけられました。「ザアカイ。降りてきなさい。
きょう
  あなたの家に泊まることにしてあるから。」 ルカ19:5 
  その晩、ザアカイにとって人生を変える時となりました。ザアカイの心の
  変化を見て取ったイエスさまは彼に言われました。
きょう、救いがこの
  
家に来ました。」 同19:9 
     
  イエスさまのこのことばは、ザアカイの人生が変えられたこと、イエスさま
  が与えてくださる救いに与ったことを示しています。ザアカイに今まではな
  かった喜びが与えられたのでした。イエスさまは、私たちの心に喜びを与
  え、私たちを作り変え続けてくださいます。  
  

      
心に喜びと平安を与えてくださる神さまに感謝します。



2017.4.17(月)  テーマ  <イースター

  桜の花びらが散り始めています。今年も桜の美しさを味わわせていただき
  ました。一年の大半を、あたかも沈黙を守っているかのように立ち続けてい
  る桜の木ですが、必ず、毎年美しい花を咲かせてくれます。厳しい冬の間
  もいのちは失われていないのですね。
          
  昨日は「イースター礼拝」でした。新約聖書の4つの福音書には、イエス・
  キリストのご生涯が書かれていますが、そのクライマックスは十字架の死
  とよみがえりです。死んだ者がよみがえる、生き返るなんて到底信じられ
  ない! そう思われるのは当然です。イエスさまの弟子たちもそうだったの
  ですから。しかし、弟子たちは、イエス・キリストの十字架の死とよみがえり
  を語っていく者となりました。たとい、殉教が待っていてもです。
  二千年前、エルサレムから始められ、今や世界各地に建てられているキリ
  スト教会が、変えることなく、変わることなく伝え続けた「福音」の中心は、
  「主イエスは、私たちの罪のために死に渡され、私たちが義と認められ
  るために、よみがえられたからです。」 
ローマ4:25 ということです。
  私たちの罪のために死に、よみがえられた主イエスをキリスト(救い主)と
  信じる時に、救われる、神は義と認めてくださると聖書は約束するのです。
        
  イエスさまは今も生きておられます。だから、私たちの祈りを聞き、みことば
  をもっていつも励ましてくださるのです。
  

       
神さまから、恵みと平安が豊かにありますように。



2017.4.10(月)  テーマ  <十字架

  イエス・キリストのよみがえりを記念し祝う「イースター」の前には、むごた
  らしい十字架刑による死がありました。不当な裁判にかけられ、十字架を
  背負わされ、いばらの冠をかぶらされ、息を引き取るまでの6時間の十字
  架刑は言語に絶する苦しみ痛みだったことでしょう。
         
  イエスさまは十字架上で7つのことばを発せられました。最初のことばは、
  「父よ。彼らをお赦しください。彼らは何をしているのか自分ではわか
  らないのです。
」 ルカ23:34 でした。
  彼らとは、イエスさまの十字架刑にかかわった者たち、「十字架につけろ」
  と激しく叫び続けた群衆でしょうか。それだけではないようです。
  弟子のペテロはこう書いています。「自分から十字架の上で、私たちの
 
 罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のため
  に生きるためです。
」 Ⅰペテロ2:24 
  ペテロは「私たちの罪」と書いています。弟子のペテロも喜ばれない言動
  をなし、イエスさまの十字架の前には、イエスさまを裏切るということをして
  しまいました。ことばや思いの通りには生きていけない罪の現実を私たち
  はもっているのではないでしょうか。
  イエスさまの最後のことばは、「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」
  
でした。
ルカ23:46
       
  イエスさまの地上の生涯は閉じられたように思われたことでしょう。しかし
  これで終わりではないのです。続きがあるのです。
  4月16日は「
イースター礼拝」です。お近くの教会の礼拝に出席なさいま
  せんか。教会はあなたを大歓迎します。

  
    
         今週も神さまの祝福が豊かにありますように。



2017.4.3(月)  テーマ  <バーネット師来日100年記念聖会

  私たちの教会が所属している福音伝道教団の聖会が、先週の金曜日か
  ら昨日まで、群馬県伊香保温泉ホテル天坊で開催されました。
  片道90km程の距離ですが、運転しながら桜の木を遠くから見ました。
         
  さて、毎年のことですが、聖会ではたくさんの恵みをいただきました。久し
  ぶりにお会いできた方々と挨拶を交わし、集会の合間や食事の席で話し
  をし、お風呂を楽しみ、通常とは違う空間と時間となりました。
  今年は、私たちの教団の創立者、英国から来られた宣教師バーネット師が
  日本に来られて100年ということで、それを記念しての聖会でした。
  バーネット師が大切にされたみことば、「・・・私は神の福音をもって、祭
  司の務めを果たしています。それは異邦人を、聖霊によって聖なるも
  のとされた、神に受け入れられる供え物とするためです。」
   
ローマ15:16
 が聖会の主題聖句となりました。
  バーネット師は、39歳で日本に来られ、34年間、イエス・キリストの福音
  を伝え、各地にイエス・キリストを信じる者の群れが起こされました。また、
  働きの最初から牧師を養成する聖書学校をも開設されました。
       
  羽生キリスト教会のロビーの壁には、バーネット師の写真が額に収められ
  て飾られています。写真の下に英語で、「彼女は彼女の生きていた時代に
  仕えた」ということばが書き添えられています。
  私も生かされている時代の中で、神に仕える者でありたいと思います
。    

  
  今週も神さまの祝福が豊かにありますように。



2017.3.27(月)  テーマ  <塩狩峠 昔も今も

  東京では桜の開花宣言がなされましたが、北海道では雪が降り、北の地
  の大変さを改めて思いました。北海道の宗谷本線は、旭川から稚内までを
  結んでいます。旭川から北へ30km程の地点に「塩狩峠」という険しい峠が
  あります。塩狩駅の近くに、長野政雄さんの顕彰碑があります。
     
  長野政雄さんとは、作家三浦綾子さんの小説「塩狩峠」の主人公永野信
  夫のモデルになったその人です。
  明治42年2月28日、塩狩峠を登る列車の連結が外れ、客車が逆走しまし
  た。丁度、その列車に乗り合わせていた鉄道職員の長野政雄さんは、そ
  の客車のデッキに出て、ブレーキを力一杯締め付けましたが、客車は止ま
  らず、この先の急勾配で脱線すると判断した長野政雄さんは、自らの身を
  投げ出して客車を止めました。
  旭川在住の三浦綾子さんは、取材を重ねて、小説「塩狩峠」を書きました。
  私は、若き日にその本を読み、後日作られる映画「塩狩峠」を観て感動しま
  した。三浦綾子記念文学館のある学会員は、「衝撃的なラストばかりが印
  象に残りがちですが、この作品は一人の青年の成長物語としても優れてい
  ます。・・・神の愛を追求する主人公は、どんな相手にも親身に接しようと
  努める。悩み苦しみながら」と話されました。長野政雄さんの死から108年
  が経って、今はディーゼル車となっていますが、和寒~塩狩駅の間の峠は
  今もうなりをあげて懸命に登っているそうです。
       
  「人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだ
  れも持っていません。」 
ヨハネ15:13  
イエスさまはその通り、いの
  ちを捨ててくださって、あなたや私の友となってくださいました。
  満開の桜に、今年も感動させていただこうと思います。
    

     神さまの恵みの中に幸いな日々でありますように。



2017.3.20(月)  テーマ  <バイブルナビ

  私が持っている聖書の中で、一番大きく重い聖書は、新改訳解説・適用付
  「BIBLE navi」という名前の聖書です。使い始めてから5年になります。
  ほぼ毎日、お世話になっています。
           
  「navi」というのは、ナビゲーターやナビゲーションの略語でしょう。ナビゲ
  ーターは、①航海士②自動車のラリーで速度や方向を指示する同乗者で
  す。ナビゲーションは、①航海術・航空術②経路誘導、自動車のラリーで
  ナビゲーターが速度・位置・進路の状況を知らせることです。ナビゲーター
  ナビゲーションはとても重要な役割を担っています。
  さて、あなたには人生の「ナビ」がありますか。それはどのようなものでしょ
  うか。私にとっては、「聖書」がナビゲーション・ナビゲーター、そういう意味
  でも「バイブルナビ」です。
  旧約聖書の中に、こんなみことばがあります。
  「まことに、あなたのさとしは私の喜び、私の相談相手です。
  詩篇119:24 「あなた」とは、聖書の中にご自身を示しておられる神さ
  まです。「さとし」とは、教えとか戒めとかの意味です。聖書を神のことばと
  信じる者にとって、聖書はまさに相談相手なのです。「聖書に聴く」のです。
   
  「BIBL Enavi」は、重くて持ち運びには不便なのですが、可能な限り、
  どこへでも持って行きます。ほころびも見え始めていますが、これからもお
  世話になろうと思っています。神さまご自身がナビゲーターであることは、
  心強い限りです。
  
       

         神さまの祝福が豊かにありますように。



2017.3.13(月)  テーマ  <明日、卒業式です

  明日、14日(火)、私たちの教団立の聖書学院の卒業式が行われます。
  今年は3人が卒業します。3年間の過程を修了して、聖書学院から巣立
  っていきます。3年前の入学式には、60名の方々が集いました。明日は
  どの位の方々が集われるのでしょうか。
      
  卒業生の中の2人は寮生活を送り、水曜日の夜の羽生キリスト教会の聖
  書研究会・祈り会に1年間出席しました。また、卒業生のひとりは、3年目
  に羽生キリスト教会が実習教会となり、1年間、土曜日と日曜日は羽生キ
  リスト教会で過ごしました。
  ですから、私たちの教会からも多くの兄姉方が卒業式に列席させていただ
  くことでしょう。卒業式を明日に控えて、卒業生たちは、今どんな気持ちな
  のかなと思います。卒業式の後の感謝会で、卒業生たちのスピーチがあり
  ますので、それを聞くことも楽しみです。
  私が一人思うことなのですが、入学した日から、明日の卒業式までの3年
  間、実に多くの方々が関わりをもってくださり、兄弟たちを育ててくださった
  こと、それぞれに役割が神さまによって与えられ、用いられてきたことを。
       
  使徒パウロのことばを思い起こします。「
ところが、神の恵みによって、
  私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは、むだ
  にはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。しか
  し、それは私ではなく、私にある神の恵みです。
 Ⅰコリント15:10
  
この一節の中に、「神の恵み」が3回でてきます。卒業式も、「神の恵み」
  を思う時なのかなと、一人考えています。
  
       
この一週間も、主にあって幸いな日々でありますように。



2017.3.6(月)  テーマ  <しあわせになるために

  「啓蟄」になり、いのちの躍動を感じる候となりました。
  「いのちの理由(わけ)」という曲が、シンガーソングライターのさだまさし
  さんの曲目の中にあります。
  「私が生まれてきたわけは、父と母に出会うため」という歌詞から始まり、
  「しあわせになるために、誰もが生きているんだよ」と歌い上げます。
          
  ある心理学者がこんなことを言っています。、「人類は大昔から『しあわせ』
  を考え続けてきたが、今は科学的な『幸福学』の研究が始まっている」と。
  その研究の成果として発表されていることは、それは逆境の乗り越え方と
  言うことができるものです。
  ❖先ず第一に、悲しみを受け入れること。悲しみも苦しみもすぐには去って
  いかないので、しっかりと悲しむこと。
  ❖第二は、幸せを数えること。しっかりと悲しんだ後で、残されている良い
  ことを見つけること。(残されている良いことは実際に多いとのこと)
  ❖第三に、人に親切にすること。悲しみと苦しみの経験は、人の役に立つ
  そうなのです。 
     
  イエスさまのことばを思い出します。「
悲しむ者は幸いです。その人は慰
  められるから。
 マタイ5:4 決して無責任なことばではありません。
  何よりも人の悲しみを知り、慰めのことばを持っていたイエスさまのことば
  です。
  「
三寒四温」は冬の季語だそうですが、実際は今頃が当てはまる気候の
  変化なのでしょう。この季節を大いに楽しみましょう。

  
       
神さまの恵みと平安が豊かにありますように。



2017.2.27(月)  テーマ  <蟻から知恵を学べ>

  聖書の中にはたくさんの歴史上の人物が出てきますが、動植物や虫たち
  もたくさん登場します。油虫もいなごも、蟻も出てきます。旧約聖書の箴言
  の中に、蟻が3回登場するのですが、この小さな蟻から、人間が学ぶよう
  に言われるのです。何を学ぶようにと言われるのでしょうか。
        
  「なまけ者よ。蟻のところへ行き、そのやり方を見て、知恵を得よ。蟻
  には首領もつかさも支配者もいないが、夏のうちに食物を確保し、刈り
  入れ時に食糧を集める。」 箴言6:6~8
  「蟻は力のない種族だが、夏のうちに食糧を確保する。」 同30:25
  
ここに二つの教訓があるように思われます。一つは、勤勉さです。日本人
  は勤勉な民族です。今は働き過ぎが問題になています。現代的には働く
  ことと休むことのバランスを考えることでしょうか。
  もう一つは、より強く勧めていると思いますが、備えることです。「夏のうち
  に食糧を確保する」とは、働くことができない冬が必ず来ることを予測させ
  ます。「備えあれば憂いなし」ということわざもあります。災害への備えも
  ありますが、〝もしも〟に備えて、〝エンディングノート〟が市販されてい
  ます。「もうそろそろ」ではなく、「まだまだ」の時に書いておくことが大切な
  のだそうです。「日々の私のことばが遺言だ」と言われたお父さんもおられ
  ました。
   
  あと一週間で「
啓蟄です。地面の中に眠っていた虫たちが外に出てきて
  活動を始めます。季節を与え、季節を楽しませてくださる創造主なる神の
  愛と恵みを感じることができますように。

  
       
神さまの祝福が豊かにありますように。



2017.2.20(月)  テーマ  <喜び・祈り・感謝>

  二十四節気の「雨水」が過ぎ、もう少し寒い日は続くのでしょうが、確実に
  春は近づいていることを実感することができます。
       
  さて、聖書の中には「祈り」について、そして「祈る人」のことについて書か
  れているいる箇所は少なくないと思います。もし、それらの箇所を除いてし
  まうならば、聖書の分量はぐっと減るのではないでしょうか。
  「祈り」のことが言われている中で、「
いつも喜んでいなさい。絶えず祈
  
りなさい。すべてのことについて感謝しなさい。」 Ⅰテサロニケ5:16
  ~18
 はよく知られています。 ことばに出してみると、とてもリズム良く
  言うことができます。ここには「祈り」のほかに、前に「喜び」、後ろに「感謝」
  が言われています。ある方が言われました。「このことばの中に、幸福に
  なるカギがあります。」と。
  いつも喜んでいられるわけはないと知っていながら、敢えてそう勧めること
  は、喜びを見つけるようにとのチャレンジでもあるのかなと思います。
  祈りは、神さまとの対話です。対話の中に、神さまに愛され、守られている
  ことがわかります。それは感謝につながっていきます。 
      
  現実に起こってくる出来事に、喜びの対応、祈りの応答、感謝の気持ちの
  表現、「これがキリスト・イエスにあて神があなたがたに望んでおられる
  ことです。」と続いています。
    
 神さまの恵みの中に幸いな日々でありますように。




2016.9.5(月)  テーマ  <最期まで背負ってくださる神

  「敬老の日」(今年は9月19日)は祝日となっています。9月の最初の
  礼拝で、ご高齢の方々への感謝と祝福の祈りをささげました。そして、
  感謝のことばと聖句入りの手作りのカードをお渡しいたしました。その
  聖句は、「
あなたがたが年をとっても、わたしは同じようにする。
  あなたがたがしらがになっても、わたしは背負う。わたしはそう
  してきたのだ。なお、わたしは運ぼう。わたしは背負って、救い
  出そう。
」 イザヤ43:4 を選びました。
   
  聖書の中には、特に老人について記述されている箇所があります。
  「
若い男の光栄は彼らの力。年寄りの飾りはそのしらが 
  箴言20:29 
若い男は、身体全体から出てくるみなぎる力が魅力で
  すが、老人の飾り(尊厳)はしらがだと聖書は語るのです。
  さらに、次のようなみことばもあります。「
あなたは白髪の老人の前で
  
は起立し、老人を敬い、また、あなたの神を恐れなければならな
  い
。」 レビ記19:32  
  
     
  
老人の前で起立するとは、老人を心から尊敬し、その尊敬の行為を・
  行動をもって示すようにということでしょう。目に見えるご老人に対して
  そのようにすることは、目に見えない神さまに対しては、いつも畏敬の
  念をもつということでしょう。神さまは、私たちの最期まで愛し、守り、
  支えてくださるお方です。
  
主の目にかなう歳のとり方ができますように。

 


2016.8.29(月)  テーマ  <主の祈り②

  イエスさまが教えてくださった「主の祈り」は、「天にいます私たちの
  父よ」ということばで始まります。天地万物の創造主、英知と力に満ちた
  神さまを「お父さま」と呼びかけなさいと言われるのです。
       
  その次にことばは、「御名があがめられますように」です。御名とは、
  神さまのお名前であり、神さまご自身を表しています。神さまが神さま
  として認められ、神さまが尊ばれますように、ということです。また、この
  ことばは「聖別する」という意味もあります。神さまは、人間とは全く違う
  存在であり、神聖なお方です。
旧約聖書の中にある「十戒」の最初の
  戒めは、「
あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはなら
  ない。
出エジプト20:3 三番目の戒めは、「あなたは、あなたの神、
  主の御名を、みだりに唱えてはならない。」
 同20:7 です。
  
    
  
神の御名があがめられるとは、私たちが神さまの命令を守り、神さまの
  喜ばれる生き方を選んでいくことです。唯一の神さまは、全世界であがめ
  られるべきお方です。今、ご一緒に祈りませんか。
  「天にいます私たちの父よ。御名があがめられますように
  
  
今年は台風の上陸が多い年です。「厳重な注意が必要です」と言われま
  すが、安全を第一に心がけていきたいものですね。

    
神さまの守りを祈り、恵みと平安が豊かにありますように。

 


2016.8.22(月)  テーマ  <主の祈り①

  8月は平和を考え、いのちを思い、祈りをささげることが、日本において
  多くあったことでしょう。私たちは、日曜日には礼拝式を行い、その中で
  「
主の祈り」をささげています。
       
  「主の祈り」はイエスさまが弟子たちに教えたもので、「天にいます私た
  ちの父よ
」ということばから始まります。この父とは、天地万物を創造さ
  れた創造主、聖書の神です。人間は偶像を形造って、それを神と呼ぶ
  ことはできても、創造主である神を造ることはできません。人間は「神の
  かたち」に造られた被造物であると聖書は語っています。神は目に見え
  ませんので、「神のかたち」とは、神と人格的な交わりを持てる存在、言
  い換えれば、祈ることができる存在と言えるでしょう。私たちは、困った
  時に、自分の力に頼れない時に祈ることをします。
  
     
  
イエスさまは「天におられる私たちの父よ」と、先ず呼びかけなさいと言
  われました。子どもの呼ぶ声に、父親は耳を傾けます。創造主であられ
  る神、天のお父さまは私たちの祈りに耳を傾けてくださるのです。あなた
  は今日、何を祈りますか。
 
   「
イエスは、朝早くまだ暗いうちに起きて、寂しい所へ出て行き、
   そこで祈っておられた。
」 マルコ1:35
  
祈りによって、あなたの心が、いつも平安でありますように。