希望のダイヤル
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 3分間のわかりやすい聖書のお話し。24時間いつでも聞けます。 
  (毎週月曜日更新)

2017.12.11(月) テーマ  <クリスマス~その2>

   アドベントに入ってから、クリスマスに関するメッセージをお届けしています。
   クリスマスの出来事は、旧約聖書で預言されていたことの実現なのです。
     
   
旧約時代、預言者ミカは、救い主キリストは小さな町「ベツレヘム」でお生
   まれになると民に告げました。救い主の母に選ばれたマリア、結婚の約束
   をしていたヨセフの二人はベツレヘムから遠く離れたナザレという町に住ん
   でいました。ベツレヘムは二人の生活の場ではなかったのです。
   ところが神さまはローマ皇帝アウグトゥスを用い、住民登録という制度によ
   って二人をベツレヘムに導かれたのです。ユダヤの人々は、住民登録のた
   めに自分の町(先祖の町)に行かなければならなかったのです。
   「
ヨセフも、ダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナ
   ザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。

                                       ルカ2:4
   
いいなずけのマリアも一緒でした。聖霊によって身ごもっていたマリアは、
   その旅の途中で出産されたのでした。
          
   「
マリアは月が満ちて、男子の初子を産んだ。そして、その子を布にくる
   んで飼葉桶に寝かせた。宿屋には彼らのいる場所がなかったからで
   ある。
」   ルカ2:6~7  
          
   救い主キリストは家畜小屋でお生まれになられたのです。そこにも深い意
   味があるように思います。「クリスマス」を感謝し、喜び祝いましょう。
      
 クリスマス礼拝、クリスマス祝会にご出席ください



2017.12.4(月) テーマ  <クリスマス~その1>

   「教会暦」で「アドベント待降節)」となりました。羽生キリスト教会でも
   教会堂のロビーにクリスマスツリーを置きました。「クリスマス」はキリスト
   (救い主)であるイエスさまがお生まれになったことをお祝いする日です。
   世界中でお祝いされています。
     
   
新約聖書はクリスマスのことを、いろいろなことば、様々な表現で伝えてい
   ます。イエスさまの弟子の一人ヨハネはこう書き記しています。
   「
ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の
   栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。
   この方は恵みとまことに満ちておられた。・・・・私たちはみな、この方
   の満ち満ちた豊かさの中から、恵みの上にさらに恵みを受けた。律法
   はモーセによって与えられ、恵みとまことはイエス・キリストによって
   実現したからである。
」  ヨハネ1:14~17
          
   イエスさまは明確な、ただ一つだけの目的をもって生まれてきてくださいまし
   た。それは人類の罪をその身に負われて、神のさばきを一身に受けてくだ
   さるということです。人は行いによっては決して救われません。心からの悔
   い改めとイエスさまをキリストと信じる信仰によって救われます。
   恵みとまことに満ち満ちておられるイエスさまは、今も生きておられます。
   信じる者と一緒にいてくださいます。「クリスマス」はあなたのためです。
      
 クリスマス礼拝、クリスマス祝会にご出席ください



2017.11.27(月) テーマ  <第8回世界キャラクターさみっとin羽生

   11月25日(土)、26日()の2日間、「世界キャラクターさみっとin羽生」が開
   催されました。4年前の同じ時期、「ゆるキャラさみっとin羽生」というタイトル
   で、この希望のダイヤルでも取り上げました。
     
   4年前には「世界」ということばはありませんでした。この4年間に参加団体
   も増え、地域も広がり、海外からの参加もあり、名称も変更されました。
   第8回は、スタートからのカウントです。毎年、この時期に行われています。
   羽生市に最も人が集まる両日です。私は自転車で会場まで行き、その雰囲
   気を味わってきました。知っている人と会えるかなと思って行きましたが、教
   会学校に来ている男子に会いました。
   特設会場が何箇所かあり、キャラクターの登場時間も分刻みのスケジュー
   ル表が掲示されていました。与えられた持ち時間に最高のパフォーマンスを
   するために訓練や練習をしてきたことでしょう。キャラクターだけではなく、
   自ら仮装している人たちも見かけました。
          
   旧約聖書の中にこんなことばがあるのです。「
主は、生まれる前から私を
   召し、母の胎内にいたときから私の名を呼ばれた。」 
イザヤ49:1
   
私たちは、生まれた時に名前が付けられると思うのですが、聖書は「生ま
   れる前から」と言うのです。驚きです。創造主なる神さまは、私たちが生まれ
   出る前から、私たちを知っておられるのですね。
   私たち一人一人のキャラクターは神さまの最高傑作、二つとないものです。
   
  今も私の名を呼んでくださる神さまに感謝します



2017.11.20(月) テーマ  <心のメンテナンス

   先週、業者の方に来ていただき、教会堂のフローリング部分にワックス掛け
   をしていただきました。毎年一回、この時期にしています。
     
   
   ワックス掛けは、教会堂の維持管理のためのメンテナンスです。
   定期的な点検、必要な修繕・修理を怠っていたから、思わぬ事故になったと
   いうことも聞きます。また、この時期に身体のメンテナンス、健康診断が多く
   行われています。それでは「心のメンテナンス」はいかがでしょうか。
   心と身体は深くつながっています。

   
       
   
   旧約聖書のみことばを思い出します。
   「
神よ 私を探り 私の心を知ってください。私を調べ 私の思い煩いを
   知ってください。 私のうちに 傷のついた道があるかないかを見て
   私をとこしえの道に導いてください。」   
詩篇139:23~24
   これは神への祈りのことばです。神さまに教えていただこうとの姿勢です。
   心のメンテナンスを神さまにしていただこうとする詩人の信仰です。
   寒さが日毎に厳しくなってきています。ご自愛ください。
    
  心と身体が神さまによって支えられますように



2017.11.13(月) テーマ  <神と神々

   10月は、「神無月(かんなづき)」の呼称があります。11月には、「神帰月
   (かみかえりづき)」の呼称があるようです。11月には出雲から神々がそれ
   ぞれの神社に帰ってくるからだそうです。
          
   聖書の書き出しはこうです。「
はじめに神が天と地を創造された。
                                      創世記1:1
   聖書には神々もたくさん登場してきます。モーセの十戒は有名ですが、こん
   なことばから始まります。「
わたしは、あなたをエジプトの地、奴隷の家か
   ら導き出したあなたの神、主である。あなたには、わたし以外に、ほか
   の神々があってはならない。あなたは自分のために偶像を造ってはな
   らない。上の天にあるものでも、下の地にあるものでも、地の下の水の
   中にあるものでも、いかなる形をも造ってはならない。それらを拝んでは
   ならない。
  出エジプト記20:2~5
   

   神々は、偶像ということばで言い換えられています。偶像は、人間が造った
   もの、編み出したものです。神は、私たちに存在を与え、私たちを愛してくだ
   さり、いつも共にいてくださるお方です。偶像にはそんな力も愛も全くありま
   せん。
   ※今回から【新改訳2017】を用いていきます。
    
  偉大な神さまの恵みと励ましがいつもありますように 



2017.11.6(月) テーマ  <主の祈り⑦

   今回は、イエスさまが教えてくださった『主の祈り』の中の、「私たちを試み
   に会わせないで、悪からお救いくださいましい
」の箇所です。
          
   「試み」とは、ためしにやってみること、ためしという意味もありますが、ここ
   では勿論、試練のことです。
   試練は、苦しみや悲しみ、痛みや困難を伴いますから、「試みに会わせない
   で」との祈りはよくわかります。また、私たちには悪の力が働きますから、こ
   の祈りは必要であることを覚えます。イエスさまご自身も悪魔の誘惑を受け
   られましたが、イエスさまは決して罪を犯されませんでした。
   「
私たちの大祭司(イエスさまのこと)は、・・・・罪は犯されませんでした
    が、すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです

                               ヘブル4:15
   だからこそ、イエスさまは私たちの身代わりとなることができたのです。イエ
   スさまと同じにはいかなくても、私たちには神さまの助けとみことばがありま
   す。暗い夜道でも、みことばの光が照らしてくれれば、進むべき道はわかり
   ます。もう一つ、みことばを心に留めましょう。
           
   「
もあなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。
   神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会
   わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように試練とともに脱出
   の道も備えてくださいます。
  Ⅰコリント10:13
    
 大いなる神さまの助けと導きがいつもありますように 



2017.10.30(月) テーマ  <主の祈り⑥

   今回は、イエスさまが教えてくださった『主の祈り』の中の、「私たちの負い
   めをお赦しください。私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しまし
   た
」の箇所を見て、考えましょう。
          
   「負いめ」とは、「負債」とか「罪」とか「犯した過ち」とも訳されています。
   「罪」と言いますと、「犯罪」ということばを連想し、法に触れるものと思うかも
   知れませんが、法によって罰せられるものではなくとも、聖い神さまの前に
   放っておけるものではないと聖書は言うのです。
   イエスさまは言われました。 「
口から出るものは、心から出て来ます。
   それは人を汚します。悪い考え、殺人、姦淫、不品行、盗み、偽証、
   ののしりは心から出て来るからです。これらは人を汚すものです。

                               マタイ15:18~20
   罪は神さまから赦していただかなければならないものです。神さまに赦しを
   求めることが悔い改めですが、神さまは赦してくださるのです。神さまが、悔
   い改める者を赦してくださる証拠は、イエス・キリストの十字架にあります。
   あの十字架で、イエスさまは私の、あなたのすべての罪を負って、代わりに
   罰を受けてくださったのです。あなたはそのことを信じますか。
           
   「
もし、私たちが自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですか
   ら、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。

                                Ⅰヨハネ1:9
   何の幸いなことでしょうか。その幸いを覚えて祈りましょう。
   「
私たちの負いめをお赦しください。私たちも、私たちに負いめのある
   人たちを赦しました。

 
     恵み溢れる神さまの祝福が豊かにありますように 



2017.10.23(月) テーマ  <主の祈り⑤

   イエスさまが教えてくださった『主の祈り』の中の、「私たちの日ごとの糧
   をきょうもお与えください
」の箇所を見てみましょう。
          
   「糧」とは、①食物のこと ②精神や生活のためになる必要なもの と手元
   の小さな辞書にはでています。 この祈りの背後には、「日ごとの糧」を与え
   てくださるのは、万物の創造者、父なる神さまだという理解があります。
   私たち人間の勤勉さや努力ということよりも先に、神さまが必要を備えてく
   ださることを認め、信じ期待して、それが与えられた時には感謝して受ける
   ようにとの勧めであろうと思います。食事の前に手を合わせたり、感謝の祈
   りをする人は少なくないでしょう。私も感謝の祈りをしますが、食事だけでは
   なく、生活のすべての分野に関わってくださる神さまへの信頼と感謝につな
   がります。「感謝します」ということばとその思いは、人間関係をより良いも
   のとすることでしょう。
           
   「日ごとの糧」が与えられることが当然なのではなく、与えてくださる神さま
   に感謝し、へりくだった心で祈りましょう。
   「
私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください」 マタイ6:11 
   
     
          神さまの恵みが豊かにありますように
 



2017.10.16(月) テーマ  <M・A・バーネット師来日100年記念宣教大会

   10月9日(月・祝)、福音伝道教団・館林キリスト教会を会場にして、私たち
   の教団の創立者、M・A・バーネット師来日100年を記念しての集会が開か
   れ、諸教会から300名を超える方々が集まりました。
          
   午前は、記念礼拝がささげられました。説教者は、「
そこで、わが子よ。キ
   リスト・イエスにある恵みによって強くなりなさい。多くの証人の前で私
   から聞いたことを、他の人たちにも教える力のある忠実な人たちにゆだ
   ねなさい。
」 Ⅱテモテ2:1~2  のみことばから、イエス・キリストの福
   音の継承(者)の大切さを語られました。その後、バーネット師の地上での
   72年のご生涯を映像プロジェクターで鑑賞しました。
   午後には、バーネット師とお交わりのあった方々から、バーネット師の信仰
   生き様、心温まるエピソードを聞くことができました。
   最後の記念宣教大会では、「
私は福音を恥とは思いません。福音は、ユ
   ダヤ人をはじめギリシヤ人にも信じるすべての人にとって、救いを得さ
   せる神の力です。
」 ローマ1:16  を中心として力強いメッセージがな
   されました。
              
   バーネット師が私たちに遺してくださったものは、イエス・キリストへの信仰
   聖い生き方の大切さ、宣教の使命と情熱でした。一人一人がそのバトンを
   託されていることを確認し、大きな励ましをいただき帰途につきました。
   
       神さまの祝福が豊かにありますように 



2017.10.9(月) テーマ  <主の祈り④

   今回は、イエスさまが教えてくださった「主の祈り」の中の、「みこころが天
   で行われるように地でも行われますように」
のことばをみていきましょう。
          
   一切の悪や罪も入り込む余地など決してないと思われる「天国」では、神さ
   まの完全なみこころがなされるでしょうが、罪悪がはびこり、神さまを悲しま
   せるこの世にあっても、神さまのみこころがなされるようにとの祈りをささげ
   なさいと言われています。神さまはみこころをどのようになさろうとされるの
   でしょうか。それは、神さまのみ思いを知り、喜んでそれに従おうとする人々
   を通してなされると思います。ですから、この祈りをすることは、神さまのみ
   こころを行う者とならせてくださいとの願いでもあると思います。
   アッシジのフランチェスコの「平和の祈り」を思い出します。
   「ああ主よ、私をあなたの平和の道具にしてください」とのことばから、その
   祈りは始まります。「平和の道具」となれるかどうかはわかりませんが、でも
   そう願いところから始めたいと思います。
              
   イエスさまはこう言われました。
   「平和を作る者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるから
    です。
 マタイ5:9
   平和を祈り、願い、それを作ることに心を向けていきたく願います。
 
         実りの秋に神さまの祝福を祈ります



2017.10.2(月) テーマ  <2017チャペルコンサートinオータム

   昨日午後2時から、「2017チャペルコンサートinオータム」が、羽生キリスト
   教会堂で行われました。
          
   今回は4回目となり、5つのグループが出演してくださり、それぞれ持ち時間
   15分を用いて、楽しく曲目紹介、メンバー紹介をもしてくださり、とても素敵
   な演奏を披露してくださいました。最初の演奏者は「羽生ハーモニカクラブ」
   12名の方々でした。指導者の加藤栄さんの式のもと、*羽生市民の歌
   「羽生わが町」*長崎の鐘*赤いランプの終列車 を演奏くださいました。
   続いて、アンサンブル和奏のメンバーの斎藤淳さんがコントラバス演奏を披
   露してくださいました。ピアノ伴奏は町田京子さんです。*アリア(バッハ)
   *Memory(久石譲)*Stand Alone(久石譲)の3曲で、コントラバスの低音
   の響きに感動しました。続いて群馬県邑楽町の SOUL JOY がゴスペルを
   披露してくれました。*I Was Glod *Keep On Prayig *君は愛され
   るために生まれた*If I Tell God  をそれぞれの曲の雰囲気に合わせて
   歌声を響かせてくださいました。
   小休憩を挟んで、後半は羽生キリスト教会聖歌隊が*幸い薄く見ゆる日に
   *You Are Special を歌ってくださいました。続いては、アンサンブル和
   奏のメンバーの寺本ゆき枝さんが*愛のあいさつ(エルガー)、*ときめく心
   に(レハーモ)、最後の曲*アメイジング・グレイスは、コントラバスも加わり
   すばらしい演奏を披露してくださいました。    
   
           
   その後、そのアメイジング・グレイスを全員で歌いました。驚くばかりの神の
   恵みと愛が注がれることを祈りながら。
    
 どのような秋になるのでしょうか。神の祝福を祈りつつ



2017.9.25(月) テーマ  <主の祈り③

   今回は、イエスさまが弟子たちに教えてくださった「主の祈り」の中の、
   「御国が来ますように」をみていきましょう。
          
   
   一つの政府に治められている地域を「国土」そして「国家」と呼びます。そう
   すると、「御国」とは、創造主である神さまが治めている領域と言えます。
   元々、全世界、全宇宙は神さまが創造されたものです。目に見えるものも、
   目に見えないものも、存在するものはすべて、創造主なる神さまが造られた
   ものです。
   当時、イスラエルはローマ帝国に支配されていました。だから、ローマ帝国
   から独立することを願い、祈っていた人々はたくさんいたでしょう。しかしこ
   の祈りは、イスラエルがそういう国家になるようにとの祈りではありません。
         
   神さまのご支配を喜んで生きる人々がたくさん起こされますようにとの願い
   です。究極的な「御国」は、神さまが新しい天と新しい地を確立される時に
   完成するのですが、イエスさまをキリスト(救い主)と信じた者の心に、神さ
   まのご支配が始まります。私も神さまのご支配の中に生かされていると信
   じています。ですから、「天にいます私たちの父よ。御名があがめられ
    ますように。御国が来ますように・・・
」 を私の祈りとしてささげています。

    
 9月の最後の一週間も祝福が豊かにありますように。



2017.9.18(月) テーマ  <主の祈り②

   イエスさまが教えてくださった「主の祈り」は、「天にいます私たちの父よ
   で始まります。天地万物の創造主、英知と力に満ちた偉大な神さまを
   「お父さま」と呼びかけなさいと言われるのです。
          
   
   その次のことばは、「御名があがめられますように」です。
   御名とは神さまのお名前であり、神さまご自身を表しています。神さまが神
   さまとして認められ、神さまが尊ばれますように、ということです。
   また、このことばは「聖別する」という意味もあります。神さまは、人間とは
   全く違う存在であり、神聖なお方です。
   旧約聖書の中にある「十戒」の最初の戒めは、「あなたには、わたしのほ
   かに、ほかの神々があってはならない」 
また、三番目の戒めは、「あな
   たは、あなたの神、主の御名を、みだりに唱えてはならない
」です。
   
   
    
    神の御名があがめられるとは、私たちが、神さまの命令を守り、神さまの
    喜ばれる生き方を選んでいくことです。唯一の神さまは、全世界であがめ
    られるべきお方です。
    今、ご一緒に祈りましょう。
    「天にいます私たちの父よ。御名があがめられますように
     
    神さまの祝福が豊かにありますように。



2017.9.11(月) テーマ  <主の祈り①

   8月は平和を考え、いのちを思い、祈りをささげることが日本において多くあ
   ったことでしょう。9月はどのような月となるでしょうか。
   私たちは日曜日の礼拝の中で、「主の祈り」というものをみんなでささげて
   います。それは、イエスさまが教えてくださったもので、「天にいます私たち
   の父よ
」ということばで始まります。
          
   
   この父とは、天地万物を創造された創造主、聖書で言われるです。
   人間は偶像を形造って、それに神という名前を付けることはできても、創造
   主であるお方を造ることはできません。人間は「神のかたち」に造られた被
   造物です。神は目に見えませんから、「神のかたち」とは、神と人格的な交
   わりを持てる存在、言い換えれば、祈ることができる存在と言えるでしょう。
   私たちは困った時に、また、自分の力を越える問題に対して祈ります。
   イエスさまは「天にいます私たちの父よ」と先ず呼びかけなさい、と教えてく
   ださいました。子どもの呼ぶ声に、親は耳を傾けます。決して無視などしま
   せん。創造主である天の父は、私たちの祈りに耳を傾けてくださるのです。
       
   
     「
イエスは、朝早くまだ暗いうちに起きて、寂しい所へ出て行き、
      そこで祈っておられた。」  
マルコ1:35
    
 祈りを教え、祈りを聞いてくださる神さまに感謝します。




2017.9.4(月) テーマ  <最期まで背負ってくださる主

   昨日の礼拝の中で、ご高齢の方々への感謝と祝福の祈りをさせていただき
   ました。その祈りの中で、旧約聖書のみことばの一節を引用しました。
              
   「
あなたがたが年をとっても、わたしは同じようにする。あなたがたが
    しらがになっても、わたしは背負おう。わたしはそうしてきたのだ。
    なお、わたしは運ぼう。わたしは背負って、救い出そう。」
 
                                    イザヤ46:4
   
聖書の中には、特にご高齢者について記述されている箇所があります。
   「
若い男の光栄は彼らの力。年寄りの飾りはそのしらが。箴言20:29
   
若い男は、身体全体から出てくるみなぎる力が魅力ですが、老人の飾り
   (尊厳)はしらがだと聖書は語るのです。
   さらに次のようなみことばもあります。
   「
あなたは白髪の老人の前では起立し、老人を敬い、また、あなたの神
    を恐れなければならない。」  
レビ記19:32
      
   ご老人の前で起立するとは、老人を心から尊敬し、その尊敬の行為を行動
   をもって示すようにということでしょう。目に見えるご老人に対してそのように
   することは、目に見えない神さまに対して、いつも畏敬の念をもつということ
   でしょう。神さまは、私たちの人生の終わりまで支えてくださるお方です。
   
      神さまの祝福が豊かにありますように。



2017.8.28(月) テーマ  <羽生ロータリークラブでの卓話

   先週、羽生ロータリークラブの集まりで、話しをする経験をさせていただき
   ました。友人がクラブのメンバーで、彼が推薦してくれその機会を得ました。
   どんな話しが良いだろうかと、お祈りし、思い巡らし、以下のようなポイント
   で話しました。         
           
       Ⅰ.キリスト教 世界で そして 日本で
      Ⅱ.聖書について
      Ⅲ.聖書の中心であるイエス・キリストに出会った人たち

   キリスト教を信じている人たちは、世界中では一番多いのです。
   世界では、およそ1/3がイエスをキリスト(救い主)と信じているのです。
   しかし、日本では圧倒的に少数派です。
   聖書は、
旧約聖書新約聖書が合わさったものです。創世記からはじま
   り
、ヨハネの黙示録で閉じられている66巻が聖書です。
   聖書を読んで、イエス・キリストと出会って、人生が変えられた人は実にたく
   さんいます。古今東西、多くの人の名前を挙げることができます。
      
   12年以上も放映されていた人気番組「知ってるつもり」の最終回は、それ
   までの番組で紹介された功績のある人々に、最も影響を与えた人物が選
   ばれました。その人物は、イエス・キリストでした。
   イエスが言われたことは人間としては考えられないものでした。
   「
わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してで
   なければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」 
                             
ヨハネ14:6
    
    イエス・キリストを遣わしてくださった父なる神に感謝します。



2017.8.21(月) テーマ  <2つの架け橋

   新渡戸稲造は、文久2年(1862年)9月1日に、岩手県盛岡で生まれました。
   岩手公園には碑があり、「願わくはわれ太平洋の橋とならん」とのことばが
   刻まれています。稲造が23歳の時、私費でアメリカに留学します。夢の第
   一歩だったでしょう。その後、ドイツの大学でも学び、世界を駆け回り、世界
   に日本を紹介し、日本に世界を知らせることに尽力しました。         
           
   『武士道』を書いたのも、その一環でした。それによって、稲造の名前は一
   気に広まり、国際感覚豊かな教育者知識人として活動し、業績と国際的な
   知名度のゆえに、国際連盟の事務次長に就任し、さらに活躍の場を広げて
   いきました。稲造は札幌農学校時代にイエス・キリストを信じ、クリスチャン
   になりました。そして、終生、敬虔なクリスチャンとして信仰の道を歩み続け
   ました。
        
   「橋(架け橋)」ということばを思う時、私はイエス・キリストの十字架を連想
   します。稲造の「架け橋」は日本と世界でした。イエス・キリストは地上と天
   上(天国)の架け橋となられたと言えるでしょう。
   イエス・キリストが、「
わたしが道です(I am the way)」と言われたのは、
   天国へ続く道は私たちの罪の代価としてご自身のいのちで贖ってくださった
   イエス・キリスト以外にはないとの意味です。
    
    
      
天からの祝福が豊かにありますように



2017.8.14(月) テーマ  <平和の君キリスト

   72年前の8月15日、日本がポツダム宣言を受け入れ、第二次世界大戦
   は終わりました。それから72年間、日本は戦争をしてはいません。
   日本は世界にただ一つの被爆国であり、今なお苦しみ続けておられる方々
   がおられ、自らの体験を語り、戦争の恐ろしさ、平和の大切さを語り続けて
   おられる姿に胸を打ちます。         
           
   私は、広島にも、長崎にもいまだに行ったことはないのですが、この時期に
   その地から届けられる報道に、平和を祈念する思いを一層強くします。
   また、この時期には山内修一さんが作られた「
きょうちくとうはさいたけど」
   
という歌を思い出します。 
   1 きょうちくとうは咲いたけど ねむった人は帰らない 七つの河は 
     きょうもまた あの日のように流れてる 崩れたドーム 傷のあと
     ねむった人は帰らない
   2 ひとりひとりのまごころに 平和の君を受けるまで 悲しい塔は
     立つだろう 悲しい雨にぬれながら ひとりひとりのまごころで
     平和の君に ちかうまで  
      
   この歌を作った時、山内さんは「平和の君キリストの これは挑戦だ」と思っ
   たそうです。私たちは、このキリストを主と呼び、礼拝しています。
     
  
    あなたの心がキリストの平和によって満たされますように



2017.8.7(月) テーマ  <夏期聖書講座

   明日から二日間の予定で、「2017夏期聖書講座」が開かれます。「夏期聖
   書講座」は、野外活動があったり、リクリエーションがあったりの「バイブルキ
   ャンプ」とは異なり、聖書を学ぶ時間がぎっしりと組まれている集会です。
   「バイブルキャンプ」が四日間あるのに比べて、「夏期聖書講座」は二日間
   だけです。福音伝道教団の諸集会の中でも、最も集中して聖書を学ぶ集会
   だと思います。 
        
           
  
   クリスチャンにとって、聖書は信仰の土台です。私たち福音伝道教団の信
   仰告白の最初の部分には、「旧新約聖書66巻は、神の霊感によるもので
   誤りのない神のことばであり、救いと主イエス・キリストを示し、信仰と生活
   の唯一の基準である。」とあります。毎年夏に行われているキャンプが、
   「バイブルキャンプ」であり、「夏期聖書講座」の名称も、その信仰告白のゆ
   えであると言ってもよいでしょう。
   
      
   
   私たちの身体の健康が、日々の規則正しい、栄養のバランスのとれた食
   事からできているように、正しい信仰と信仰者の成長は、聖書の学び抜き
   にはないことを、私は実感しています。聖書は、私たちが幸いな、霊的に
   健康な生き方ができるようにと、神が私たちに与えてくださったものなので
   す。聖書ということば自体、特別な響きがあるようにも思えます。
   

    「聖書はあなたに知恵を与えてキリスト・イエスに対する信仰による
    救いを受けさせることができるのです。」 
Ⅱテモテ3:15          

    
 ご健康が守られ、日々の生活が支えられますように



2017.7.31(月) テーマ  <「ありがとう」のことば

   前回は、105歳で地上の生涯を閉じられた日野原重明さんが、死を意識さ
   れたのでしょうか、周囲の方々にしきりに「ありがとう」の気持ちを伝えておら
   れたことをお分かちいたしました。「ありがとう」は、ふさわしい、またすばら
   しいお別れのことばだと思います。それを口にする方も、耳で聴く方にとって
   も、慰めをいただくことばでもあります。ある人は、「ありがとう」の5文字を
   最高のことばと言いました。
        
   
   ところで、「ありがとう」の語源は、「有り難い」ということばで、その意味は、
   「有ることを欲しても、なかなか実際には少ない。有ってほしいと望んでも
   有ることはめったにない。そのめったにないことをしてくれた」という意味だ
   そうです。では、「ありがたい」の反対語は何でしょうか。それは、「ありがた
   くない=よくあること」ではなく、「当たり前」ということばだそうです。
   この「当たり前」こそ、気をつけなければならない言葉だと思います。「当た
   り前」になると、「ありがとう」は生まれてきません。生活や人間関係の中で
   感謝や感動が失われていく最大の理由は、「当たり前」に思っている私たち
   の心です。
   
   
   「健康であって当たり前」「食べる物があって当たり前」・・・になっていると、
   その「ありがたみ」はわかりません。それらを失って初めて気づくのです。
   「ありがたい」「おかげさまで」という心こそ大切なのでしょう。
   大好きな賛美歌に「
感謝なき日はなし、賛美なき夜はなし」という一節が
   あります。聖書では、神さまへの感謝は、神さまへの賛美と一緒に書かれ
   ていることが多いです。「ありがとう」の心は神さまに喜ばれるものです。

  
    この一週間も神さまの祝福が豊かにありますように。        



2017.7.24(月)  テーマ  <残った命 人のために

   先週18日、105歳の内科医、日野原重明さんが召されました。同居する
   ご家族によりますと、眠るような最期だったそうです。400回以上にもなる
   この「希望のダイヤル」でも6回程、日野原さんの活動やことばを紹介させ
   ていただきました。
        
  
   1970年、赤軍派のメンバーにハイジャックされた「よど号」に乗り合わせ
   その経験が、その後の生き方を変えたようです。
   「その後は残された自分の命は、社会のため、人のために使うのだという
   使命感が強くなった」とご次男は語られていました。
   事実、その通りの生き方をされていました。日野原さんの診察室で勤務し
   た経験のある方は、「若い頃、献身的に患者さんを支える姿を間近で拝見
   しました。先生には、神から与えられた才能を人々のために生かすべきだ
   という信仰が、常に心にあったのだと思う。」と言っています。
   
   最近は、ご自宅で療養なされ、栄養点滴や人工呼吸器などの延命措置も
   いっさいなさらなかったそうです。召される少し前からは、しきりに「ありが
   とう」の感謝の気持ちを周囲に伝えていたそうです。
   日野原さんが感銘を受けた新約聖書の一節です。 
   「
一粒の麦もし地に落ちて死なずば唯一つにあらん。もし死なば多く
   の果を結ぶべし。
」 ヨハネの福音書11:24(文語訳)
  
 梅雨が明けました。本格的な夏到来です。呉々もご自愛ください。
      
           
       
 神さまの祝福が豊かにありますように



2017.7.17(月)  テーマ  <嵐を静められたイエス

   昨日の日曜日の午後に、子どもたちを対象にした「夏のお楽しみ会」を開
   催しました。その集会の中で、「海と空つくられた主は」という歌をみんな
   で賛美しました。「海と空つくられた主は あなたの主 私の神 罪を赦し
   救い給う みんなの主 イエスは主ハレルヤ~」という歌詞です。
        
  
   さて、今日は「
海の日」です。「海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本
   の繁栄を願う」ことが、制定の趣旨だったそうです。
   新約聖書・ルカの福音書8章に、「ガリラヤ湖」で起こったことが記されてい
   ます。豊かな自然とたくさんの魚を供給してくれる場所ですが、時には自然
   の猛威の舞台ともなりました。イエスさまと弟子たちは、小舟で湖の深みに
   漕ぎ出したのですが、突然の大嵐に見舞われてしまいました。小舟は水を
   かぶり、みないのちの危険にさらされたのでした。
   慌てた弟子たちはイエスに、「
先生、先生。私たちはおぼれて死にそう
   です
。」と訴えました。それまで寝ていたイエスは、起き上がって、風と荒
   波とをしかりつけられました。すると不思議にも、風も波も治まり、静かに
   なったのでした。
        
  
   主イエスさまは、神の御力をもって嵐を静められたのです。私たちの人生に
   も、大雨や大風、大型台風もあるでしょう。でも、そのような時にも、イエス
   さまは、私たちの人生の舟に乗ってくださり、一緒にいて、守ってくださるの
   です。真夏日、猛暑日もあります。呉々もご自愛ください。   
    
        
        
神さまの祝福が豊かにありますように



2017.7.10(月)  テーマ  <苦しみが幸せの入口に

   先週、記録的な豪雨となった九州北部の報道が重なるたびに、その被害
   の甚大さ、犠牲者の数も増え続けています。痛ましさに心が重くなります。
   どこに住んでいても豪雨は避けられませんが、山間部や川沿いの地域は
   大きな被害を受けてしまいます。上からの励ましとお支えを祈ります。
      
  
   旧約聖書の
詩篇119篇7節には「苦しみに会ったことは、私にとって
   しあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。
」 とあり
   ます。「苦しみに会ったこと」がどうして「しあわせ」につながるのだろうか。
   わからないし、怒りをも招くことばにもなりかねないと思います。納得なん
   で到底できない、と言われてしまいそうです。
   苦しみの真っ直中にいる時には、一刻もはやくこの状況から解放されたい
   と願うものです。苦しみが続けば、一層のこと死んでしまえばこの苦しみか
   ら解放されるとさえ考えてしまいます。苦しみに会ったことがしあわせと、
   どうすれば言えるのでしょうか。作者は、苦しみの中で「
神のおきて」を、
   学んだことが
「しあわせ」に道を開いたことを体験したのでしょう。
               
    
   
105歳の日野原重明先生は、今なお現役の医師ですが、若い頃に大き
   な試練に遇われました。大学2年生の時に、「肺結核」と「肋膜炎」を患い
   1年間休学を余儀なくされます。しかし、「私が病気になったのは、神から
   のお恵みと感謝しています」と仰っています。ご自身が大きな病気を経験
   したから、患者さんの気持ちがわかると言われていました。

   苦しみや悲しみの中で、神さまに祈る時、聖書のみことばや物語が思い
   だされることがよくあります。神さまが働いてくださるのでしょう。
   
   
今、疲労と悲しみの中におられる方々に、慰めと力が与えられます
   ように。神さまの平安が豊かにありますように。



2017.7.3(月)  テーマ  <2017チャペルコンサートinサマー

   昨日、7月2日()午後2時から、羽生キリスト教会会堂で「チャペルコン
   サート」が開かれました。今回は3回目で、「
2017チャペルコンサート
   
inサマー」と命名してのものでした。出演してくださる方々の素敵な演奏で
   とても好評を博し、今年は2回開催する予定です。
      
  
   最初の演奏者は、「須影ハーモニカクラブ」(13名)で、演奏曲目は
   *学生時代 *花は咲く(大震災復興支援ソング) *魔弾の射手でした。
   レパートリーの広さを感じました。次には、照井初穂さんがピアノ独奏をし
   てくださいました。 *小犬のワルツ *幻想即興曲 *アラベスク第1番
   *愛の夢第3番 うっとりと聴かせていただきました。 その後に、羽生キ
   リスト教会の聖歌隊が、昔から教会で愛唱されてきた *村の小さき教会
   *世には良き友も の2曲を歌ってくれました。
   小休止を挟んで、後半は「オカリナサークルそよ風」6人のメンバーが、
   オカリナの美しい音色を奏でてくださいました。オカリナという楽器は、とて
   も繊細な楽器だそうで、その日の気候や体調にも左右されるそうです。
   *見上げてごらん夜の星を *黒ねこのタンゴ *竹田の子守歌 
   *アヴェ・マリヤ の4曲を優しい音色で奏でてくださいました。
   最後に、フランスから日本に来られた佐藤ナビラ・アメリさんが、
   *おおシャンゼリゼ *パリの空の下 *恋はみずいろ *さよならを教え
   て の有名なシャンソンをゆったりと聴かせてくださいました。
               
  
   皆さん、明るく、絵顔が素敵でした。3ヶ月後、10月1日(
)に開催予定
   の
「2017チャペルコンサー in オータム」が今からとても楽しみです。
   
    
      ご健康が支えられますように。主の祝福を祈ります。



2017.6.26(月)  テーマ  <アンサーズ・イン・ジェネシス

   アメリカのケンタッキー州にある「天地創造博物館」がとても人気に
   なっているそうです。この博物館は、「アンサーズ・イン・ジェネシス
  
 (創世記の中の答)」という、12万人の会員を持つ団体が設立しました。
        
  
   この博物館のスタッフは、「アメーバは最初からアメーバ、魚は最初から
   魚、人類は最初から人類です。神が人類を創造したのです。」と説明し
   ます。見学コースを進むと、神が6日間で全てを創造したとの説明がな
   されます。
旧約聖書に基づく博物館の基本概念が示されているそうで
   す。日本の公立学校では「進化論」だけが教えられていますから、
   「創造論」を学ぶことはありません。日本においては、「進化論」を選択
   することは当たり前のことなのでしょうか。「創造論」は馬鹿げた昔の話
   なのでしょうか。個々人のレベルにおいて、究極的な選択が迫られるの
   ではないでしょうか。
        
  
   「進化論」と「創造論」、あなたはどうお考えになりますか。
   「
初めに神が天と地を創造した。」 創世記1:1 これは、「聖書
   の最初のことばです。 私は創造主なる神を信じ、聖書から生きること
   の意味や幸い、平安をいただいています。
   
    今日も神さまのことを覚えて歩めますように。



2017.6.19(月)  テーマ  <キリストに捕らえられて>

   イエス・キリストの使徒として、紀元1世紀の地中海世界に、キリストの福
   音を伝え、あちこちに信じる者たちのグループ(教会)を作っていったパウ
   ロのことばをお届けします。
      
    
   パウロは、神の恵みによって救っていただいたことを、いつも喜び感謝して
   いました。それとともに、もっともっと神さまのことを知りたいと熱望してい
   ました。それは、パウロが十字架で死なれたナザレのイエスを信じ、救い
   という信仰による賜物(プレゼント)をいただけたのは、パウロ自身にでは
   なく、「キリスト・イエスが私を捕らえてくださった。」 ピリピ3:12 に
   理由があると考えていたからです。
    
         
   ある方が、人生の大きな苦しみの中で、藁にもすがる思いで教会の門を
   たたいたそうです。「すべて、疲れた人、重荷を負っている人はわたし
   のところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。

   マタイ11:28 の看板を見たからでした。
   間もなくして、その方はイエス・キリストを信じ、平安をいただきました。
   ある日、「あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあ
   なたがたを選び、あなたがたを任命したのです。
 ヨハネ15:16
   のみことばを知って、神さまが自分を捕らえてくださるための苦しみであっ
   たと理解し、納得したそうです。
       
      

  
 私も、「キリストに捕らえられた」ということがわかります。あなたはどう
   思われますか。
             
         
     
神さまの恵みと平安が豊かにありますように。

 


2017.6.12(月)  テーマ  <時の記念日によせて>

   6月の記念日カレンダーには、10日を「時の記念日」と書かれています。
   その記念日は、百年ほど前に制定されたようです。また、「時は金なり
   ということわざもあり、英語でも〝Time is money〟と言われるそうです。
  
       
   時間というのは、すべての人に平等に与えられた、二度と取り返すことの
   できない、大切なものです。そんな時間について、改めて考える日、それ
   が「時の記念日」の制定された目的だそうですが、若い人たちには余り
   知られていないのではないでしょうか。キリスト教を伝えるために日本にや
   って来た宣教師フランシスコ・ザビエルによって、日本に機械を用いた時
   計がもたらされたと言われているそうです。
  
       
   旧約聖書の「伝道者の書」には、「時」ということばがたくさんでてくる箇
   所があります。その二つを紹介します。「天の下では、何事にも定まった
   
時期があり、すべての営みには時がある。」 3:1 「神のなさること
   は、すべて時にかなって美しい。
 3:11 
    
     

  
 神さまのなさることは、どんなことでも時にかなって美しいと言い得た信
   仰者の心、その心で人生に起こることを見ていったら、どんな人生がおく
   れるのかな~なんて考えています。お互いに与えられている「時」を大切
   にしていきましょう。
 
             
         神さまの祝福が豊かにありますように。

 


2017.6.5(月)  テーマ  <この日を楽しみ喜ぼう>

   「今日と同じ日付の日は、毎年訪れます。しかし、今日という日は二度と
   巡ってきません」と言われます。本当にその通りですね。
   今日も、「詩篇」のみことばをご一緒に味わいましょう。

       
      
   詩篇118篇24節 に、「これは、主が設けられた日である。この日を
   楽しみ喜ぼう。
」 とあります。
   今日という日は、後にも先にもない日、この日は私たちが楽しみ、かつ、
   喜ぶために神さまが備えてくださった日であると詩人は言っています。
   悲しむために、苦しむために、悩むために、神さまが一日を与えておられ
   ると考えるよりも、はるかに励まされるものです。一日に起こってくるでき
   ごとの中に、楽しめる要素、喜べることを見いだすことは難しいでしょうか。
   簡単なことではないかもしれませんが、ものごとを見る視点(見方)が結構
   重要なこと、決め手なのかもしれません。
   先のみことばの前には、イエス・キリストの十字架と関わりがあると思われ
   ることが書き記されています。十字架で死なれたイエスさまですが、神の
   大能によってよみがえらされました。  
   
   
    
   
   イエスさまがよみがえられた日は、神さまが設けてくださった特別な日で
   す。イエスさまはよみがえられただけではなく、ずっと一緒にいてくださる
   のです。そのことが「楽しみ、喜ぶ」ことができる土台なのです。
       
     
その日、その日を、心から楽しみ、喜べますように。

 


2017.5.29(月)  テーマ  <神の栄光、神の教え>

   旧約聖書の中に、「詩篇」というものがあります。昔も今も、多くの人たち
   から親しまれ、また愛唱されているものです。「詩篇」には、私たちの人生
   に起こる様々な問題が取り上げられており、昔も今も、人間の本質や喜怒
   哀楽は少しも変わらないことを強く思わされます。

       
      
   その中で、詩篇19篇 はとてもダイナミックなもの、また、大切なことを
   教えてくれています。書き出しには、「天は神の栄光を語り告げ、大空は
   御手のわざを告げ知らせる。
」 とあります。
   目を上げて澄んだ青空や真っ暗な夜空にきらめき光る星々を見る時、そこ
   には創造主の働きがあると作者のダビデは唱うのです。天体の規則正し
   い運行も、創造主の偉大さのゆえなのです。それと共に、創造主なる神
   さまが与えてくださった律法(教え)の素晴らしさも告白されています。
   「主のみおしえは完全で、たましいを生き返らせ、主のあかしは確か
   で、わきまえのない者を賢くする。」 
7節 
と。
   ですからダビデは、「あなたのしもべを傲慢の罪から守ってください。
   
13節 と祈るのです。

    
   
   イエスさまはこの偉大なお方を、「天にいます私たちの父よ」と呼びかけ
   なさいと言ってくださいました。偉大な創造主は、愛と恵みに満ちた父とし
   て、私たちの祈りを聞いてくださるのです。何と幸いなことでしょう。       
     
           
父なる神さまの大いなる祝福を祈ります。

 


2017.5.22(月)  テーマ  <生かされてあるいのち>>

  昨日の礼拝は、「召天者記念礼拝」であり、礼拝後には愛餐会、その後に
  地上の生涯を終えられて、父なる神の御許に召された兄姉方に思い出を
  語り合い、その信仰と生き方をもう一度覚えさせていただきました。
    
  礼拝堂の一部にテーブルを用意し、その上に召天者の写真を置かせてい
  ただきました。新約聖書の中に、「彼は死にましたが、その信仰によって
  今なお語っています。
」  ヘブル11:4  のみことばがあります。
  すでに天に召され、そのご遺骨を納骨堂にお預かりしてはいますが、毎日
  の生活の中で思い出すことはほどんどなく、年に一度、召天者記念礼拝が
  あるからこそ、思い起こさせていただき、懐かしさや励ましがいただけるの
  です。そして、これがまた、恵みであることを感じています。
  今年106歳になられる日野原重明先生は、「いのちとはあなたが使える
  時間です
。」と言われました。その与えられている時間をどう用いるかとい
  うことです。
           
  生きている人たちからも、すでに天に召された方々からも、何よりも神さま
  と神さまのことばである聖書から、私たちは生きる力と希望を与えていただ
  けることは何と幸いなことでしょうか。  
       
  教会の玄関の前にも、植木や花々が植えられているスペースが少しありま
  す。色とりどりの花が元気に咲いています。草木も花々も生きていて、私た
  ちを喜ばせてくれています。
             幸いな日々でありますように
 

 


2017.5.15(月)  テーマ  <母の日に想う

  私は昨日の日曜日は、主管牧師代務者を務めている尾島キリスト教会に
  行きましたが、午後には「母の日の集会~家族に感謝する~」が開かれ
  ました。        
    
  その「母の日」ですが、それは教会から始まりました。子どもたちの礼拝の
  教師をしていたジャービスさんは、モーセの「十戒」の中にある、「あなた
  の父と母を敬え」のことばから子どもたちに話をし、「お母さんの愛に対し
  て心から感謝を表す方法を考えてください。」と話し、子どもたちに中には
  彼女の娘アンナいました。その後、ジャービスさんは天に召され、教会で
  追悼式が行われました。その時にアンナさんはたくさんのカーネーションの
  花を飾ってお母さんを偲びました。このことが列席者に大きな感動を与えて
  それが「母の日」になっていきます。 1914年、アメリカの議会は5月第二
  日曜日を「母の日」と定め、やがて、世界の多くの国にこの習慣が広がりま
  した。「母の日」の原点は、人間の幸せのために神がくださった「十戒」にあ
  ったのです。
            
  あなたのお母さんはお元気でしょうか。お歳を召されていらっしゃったり、お
  身体がご不自由であったり、あるいはすでに召されていらっしゃるかもしれ
  ません。いずれであったとしても、「父と母を敬え」の教えと実行が、平和と
  幸いな社会の土台ではないかと考えます。いかがでしょうか。  

   
 神さまの祝福があなたとご家族の上に豊かにありますように。
 

 


2017.5.8(月)  テーマ  <求めなさい。そうすれば・・

  ゴールデンウイークはどのようにお過ごしになりましたか。
  さて、「求めよ、さらば与えられん」ということばをご存知と思います。ある
  本に「これは、キリスト教の信仰のみならず、人生一般にもあてはまるこ
  とができる言葉ですね」とありました。        
    
  その著者は、何かを成し遂げようとするならば、成し遂げようとする気持
  ちを持ち続け、努力していくことが大切で、そうすれば必ず成果はついて
  くると言って、読者を励ましているようでした。
  私たちの教団の聖書学院では、「牧会協力者研修コース」という講座が
  設けられ、3名以上の受講者があれば開講しています。すでに、20名を
  超す方々が受講し、学びを修了しています。2017年度も開講できればと
  祈ってきました。幸い、3名の受講者が与えられましたが、うち1名は講
  義の半分にしか出席できないようで、もう一人の受講生が与えられるよ
  うに、「求めなさい。そうすれば与えられます」というイエスさまのことばを
  思いながら、しばらくの期間、祈りました。すると、教団外の教会の方が
  「牧会協力者研修コース」のことを知って、受講申請されたのです。
           
  この講座は、今週の土曜日からスタートします。
  イエスさまのことばは、さらにこのようにつながれていきます。
  「天におられるあなたがたの父が、どうして、求める者たちに良いも
  のを下さらないことがありましょう。それで、何事でも、自分にしても
  らいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい。」
  
 マタイ7:11,12 
 このことばも覚えていきたいものですね。  
     
       神さまの祝福が豊かにありますように。

 


2017.5.1(月)  テーマ  <失敗からも学ぶ

  ゴールデンウイークの最中、いかがお過ごしですか。この期間に予定や
  計画がありますか。計画通りに物事が進み、この一週間も幸いな日々で
  ありますようにと願います。
      
  さて、毎日の生活で「ああ、失敗したな~」「やはりダメだったか!」と思う
  ことはありませんか。私はよくあります。
  「あなたはこれを発明するまでに、1万回もの失敗をしたそうですね」と言わ
  れたトーマス・エジソンは「私は失敗などしていません。うまくいかない1万
  個の方法をみつけたのです」と答えたそうです。
  
「失敗に」なった原因に気づいたのですから、それを次に役立てれば良い
  ので、すべてがダメだと思ってしまうことなど決してないのです。
  聖書の中には
、成功した人よりも、失敗した人の方が圧倒的に多くでてき
  ます。否、人生の成功者などという表現は聖書にはないのです。「神さまの
  祝福を受けた、恵みを賜った」ということであり、そういう人々も、数多くの
  失敗から学んだのです。イエス・キリストの使徒パウロはこう書きました。
  「
神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のた
  めには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たち
  は知っています。」 
ローマ8:28   
        
  パウロにも失敗はあり、苦難・苦しみはたくさんありました。しかし、失敗
  から豊かな学びがあり、苦しみさえも益に変えられる、変えてくださる神で
  あることを知ることは、何と有益なこと、何という励ましのことばでしょうか。
  「
あなたのしようとすることを主にゆだねよ。そうすれば、あなたの計
  画はゆるがない。
」 箴言16:3
  
   
       
幸いな一週間でありますように。

 


2017.4.24(月)  テーマ  <変えられた人生

  世界にも、日本にも、問題はたくさんあります。それらの問題をどう解決し
  ていくのか、本当の知恵が求められているのでしょう。それ以上に、人が
  変えられなければならないことも事実であるように思います。
            
  金持ちで何の不自由もなく生活していたザアカイという人が新約聖書にで
  てきます。彼は「取税人のかしら」とあり、彼の職業が彼を富ませていたこ
  とがわかります。彼の築いた財産は、彼の生活を潤したに違いないと思い
  ますが、彼の心までも潤すことはありませんでした。否、むしろ、心は空し
  く、孤独で、幸せではありませんでした。何とかしたい、自分の人生を変え
  たいと思っていました。しかし、自分ではどうすることもできなかったようで
  す。そんなザアカイに人生を変える機会が訪れたのです。
  イエスさまがザアカイの住んでいる町に来ることを知ったザアカイが、イエ
  スさまにお会いしようと思ったことが人生を変えるきっかけとなりました。
  人垣で見えないので、木に登ってイエスさまを見ようとしたザアカイにイエ
  スさまの方から声をかけられました。「ザアカイ。降りてきなさい。
きょう
  あなたの家に泊まることにしてあるから。」 ルカ19:5 
  その晩、ザアカイにとって人生を変える時となりました。ザアカイの心の
  変化を見て取ったイエスさまは彼に言われました。
きょう、救いがこの
  
家に来ました。」 同19:9 
     
  イエスさまのこのことばは、ザアカイの人生が変えられたこと、イエスさま
  が与えてくださる救いに与ったことを示しています。ザアカイに今まではな
  かった喜びが与えられたのでした。イエスさまは、私たちの心に喜びを与
  え、私たちを作り変え続けてくださいます。  
  

      
心に喜びと平安を与えてくださる神さまに感謝します。



2017.4.17(月)  テーマ  <イースター

  桜の花びらが散り始めています。今年も桜の美しさを味わわせていただき
  ました。一年の大半を、あたかも沈黙を守っているかのように立ち続けてい
  る桜の木ですが、必ず、毎年美しい花を咲かせてくれます。厳しい冬の間
  もいのちは失われていないのですね。
          
  昨日は「イースター礼拝」でした。新約聖書の4つの福音書には、イエス・
  キリストのご生涯が書かれていますが、そのクライマックスは十字架の死
  とよみがえりです。死んだ者がよみがえる、生き返るなんて到底信じられ
  ない! そう思われるのは当然です。イエスさまの弟子たちもそうだったの
  ですから。しかし、弟子たちは、イエス・キリストの十字架の死とよみがえり
  を語っていく者となりました。たとい、殉教が待っていてもです。
  二千年前、エルサレムから始められ、今や世界各地に建てられているキリ
  スト教会が、変えることなく、変わることなく伝え続けた「福音」の中心は、
  「主イエスは、私たちの罪のために死に渡され、私たちが義と認められ
  るために、よみがえられたからです。」 
ローマ4:25 ということです。
  私たちの罪のために死に、よみがえられた主イエスをキリスト(救い主)と
  信じる時に、救われる、神は義と認めてくださると聖書は約束するのです。
        
  イエスさまは今も生きておられます。だから、私たちの祈りを聞き、みことば
  をもっていつも励ましてくださるのです。
  

       
神さまから、恵みと平安が豊かにありますように。



2017.4.10(月)  テーマ  <十字架

  イエス・キリストのよみがえりを記念し祝う「イースター」の前には、むごた
  らしい十字架刑による死がありました。不当な裁判にかけられ、十字架を
  背負わされ、いばらの冠をかぶらされ、息を引き取るまでの6時間の十字
  架刑は言語に絶する苦しみ痛みだったことでしょう。
         
  イエスさまは十字架上で7つのことばを発せられました。最初のことばは、
  「父よ。彼らをお赦しください。彼らは何をしているのか自分ではわか
  らないのです。
」 ルカ23:34 でした。
  彼らとは、イエスさまの十字架刑にかかわった者たち、「十字架につけろ」
  と激しく叫び続けた群衆でしょうか。それだけではないようです。
  弟子のペテロはこう書いています。「自分から十字架の上で、私たちの
 
 罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のため
  に生きるためです。
」 Ⅰペテロ2:24 
  ペテロは「私たちの罪」と書いています。弟子のペテロも喜ばれない言動
  をなし、イエスさまの十字架の前には、イエスさまを裏切るということをして
  しまいました。ことばや思いの通りには生きていけない罪の現実を私たち
  はもっているのではないでしょうか。
  イエスさまの最後のことばは、「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」
  
でした。
ルカ23:46
       
  イエスさまの地上の生涯は閉じられたように思われたことでしょう。しかし
  これで終わりではないのです。続きがあるのです。
  4月16日は「
イースター礼拝」です。お近くの教会の礼拝に出席なさいま
  せんか。教会はあなたを大歓迎します。

  
    
         今週も神さまの祝福が豊かにありますように。



2017.4.3(月)  テーマ  <バーネット師来日100年記念聖会

  私たちの教会が所属している福音伝道教団の聖会が、先週の金曜日か
  ら昨日まで、群馬県伊香保温泉ホテル天坊で開催されました。
  片道90km程の距離ですが、運転しながら桜の木を遠くから見ました。
         
  さて、毎年のことですが、聖会ではたくさんの恵みをいただきました。久し
  ぶりにお会いできた方々と挨拶を交わし、集会の合間や食事の席で話し
  をし、お風呂を楽しみ、通常とは違う空間と時間となりました。
  今年は、私たちの教団の創立者、英国から来られた宣教師バーネット師が
  日本に来られて100年ということで、それを記念しての聖会でした。
  バーネット師が大切にされたみことば、「・・・私は神の福音をもって、祭
  司の務めを果たしています。それは異邦人を、聖霊によって聖なるも
  のとされた、神に受け入れられる供え物とするためです。」
   
ローマ15:16
 が聖会の主題聖句となりました。
  バーネット師は、39歳で日本に来られ、34年間、イエス・キリストの福音
  を伝え、各地にイエス・キリストを信じる者の群れが起こされました。また、
  働きの最初から牧師を養成する聖書学校をも開設されました。
       
  羽生キリスト教会のロビーの壁には、バーネット師の写真が額に収められ
  て飾られています。写真の下に英語で、「彼女は彼女の生きていた時代に
  仕えた」ということばが書き添えられています。
  私も生かされている時代の中で、神に仕える者でありたいと思います
。    

  
  今週も神さまの祝福が豊かにありますように。



2017.3.27(月)  テーマ  <塩狩峠 昔も今も

  東京では桜の開花宣言がなされましたが、北海道では雪が降り、北の地
  の大変さを改めて思いました。北海道の宗谷本線は、旭川から稚内までを
  結んでいます。旭川から北へ30km程の地点に「塩狩峠」という険しい峠が
  あります。塩狩駅の近くに、長野政雄さんの顕彰碑があります。
     
  長野政雄さんとは、作家三浦綾子さんの小説「塩狩峠」の主人公永野信
  夫のモデルになったその人です。
  明治42年2月28日、塩狩峠を登る列車の連結が外れ、客車が逆走しまし
  た。丁度、その列車に乗り合わせていた鉄道職員の長野政雄さんは、そ
  の客車のデッキに出て、ブレーキを力一杯締め付けましたが、客車は止ま
  らず、この先の急勾配で脱線すると判断した長野政雄さんは、自らの身を
  投げ出して客車を止めました。
  旭川在住の三浦綾子さんは、取材を重ねて、小説「塩狩峠」を書きました。
  私は、若き日にその本を読み、後日作られる映画「塩狩峠」を観て感動しま
  した。三浦綾子記念文学館のある学会員は、「衝撃的なラストばかりが印
  象に残りがちですが、この作品は一人の青年の成長物語としても優れてい
  ます。・・・神の愛を追求する主人公は、どんな相手にも親身に接しようと
  努める。悩み苦しみながら」と話されました。長野政雄さんの死から108年
  が経って、今はディーゼル車となっていますが、和寒~塩狩駅の間の峠は
  今もうなりをあげて懸命に登っているそうです。
       
  「人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだ
  れも持っていません。」 
ヨハネ15:13  
イエスさまはその通り、いの
  ちを捨ててくださって、あなたや私の友となってくださいました。
  満開の桜に、今年も感動させていただこうと思います。
    

     神さまの恵みの中に幸いな日々でありますように。



2017.3.20(月)  テーマ  <バイブルナビ

  私が持っている聖書の中で、一番大きく重い聖書は、新改訳解説・適用付
  「BIBLE navi」という名前の聖書です。使い始めてから5年になります。
  ほぼ毎日、お世話になっています。
           
  「navi」というのは、ナビゲーターやナビゲーションの略語でしょう。ナビゲ
  ーターは、①航海士②自動車のラリーで速度や方向を指示する同乗者で
  す。ナビゲーションは、①航海術・航空術②経路誘導、自動車のラリーで
  ナビゲーターが速度・位置・進路の状況を知らせることです。ナビゲーター
  ナビゲーションはとても重要な役割を担っています。
  さて、あなたには人生の「ナビ」がありますか。それはどのようなものでしょ
  うか。私にとっては、「聖書」がナビゲーション・ナビゲーター、そういう意味
  でも「バイブルナビ」です。
  旧約聖書の中に、こんなみことばがあります。
  「まことに、あなたのさとしは私の喜び、私の相談相手です。
  詩篇119:24 「あなた」とは、聖書の中にご自身を示しておられる神さ
  まです。「さとし」とは、教えとか戒めとかの意味です。聖書を神のことばと
  信じる者にとって、聖書はまさに相談相手なのです。「聖書に聴く」のです。
   
  「BIBL Enavi」は、重くて持ち運びには不便なのですが、可能な限り、
  どこへでも持って行きます。ほころびも見え始めていますが、これからもお
  世話になろうと思っています。神さまご自身がナビゲーターであることは、
  心強い限りです。
  
       

         神さまの祝福が豊かにありますように。



2017.3.13(月)  テーマ  <明日、卒業式です

  明日、14日(火)、私たちの教団立の聖書学院の卒業式が行われます。
  今年は3人が卒業します。3年間の過程を修了して、聖書学院から巣立
  っていきます。3年前の入学式には、60名の方々が集いました。明日は
  どの位の方々が集われるのでしょうか。
      
  卒業生の中の2人は寮生活を送り、水曜日の夜の羽生キリスト教会の聖
  書研究会・祈り会に1年間出席しました。また、卒業生のひとりは、3年目
  に羽生キリスト教会が実習教会となり、1年間、土曜日と日曜日は羽生キ
  リスト教会で過ごしました。
  ですから、私たちの教会からも多くの兄姉方が卒業式に列席させていただ
  くことでしょう。卒業式を明日に控えて、卒業生たちは、今どんな気持ちな
  のかなと思います。卒業式の後の感謝会で、卒業生たちのスピーチがあり
  ますので、それを聞くことも楽しみです。
  私が一人思うことなのですが、入学した日から、明日の卒業式までの3年
  間、実に多くの方々が関わりをもってくださり、兄弟たちを育ててくださった
  こと、それぞれに役割が神さまによって与えられ、用いられてきたことを。
       
  使徒パウロのことばを思い起こします。「
ところが、神の恵みによって、
  私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは、むだ
  にはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。しか
  し、それは私ではなく、私にある神の恵みです。
 Ⅰコリント15:10
  
この一節の中に、「神の恵み」が3回でてきます。卒業式も、「神の恵み」
  を思う時なのかなと、一人考えています。
  
       
この一週間も、主にあって幸いな日々でありますように。



2017.3.6(月)  テーマ  <しあわせになるために

  「啓蟄」になり、いのちの躍動を感じる候となりました。
  「いのちの理由(わけ)」という曲が、シンガーソングライターのさだまさし
  さんの曲目の中にあります。
  「私が生まれてきたわけは、父と母に出会うため」という歌詞から始まり、
  「しあわせになるために、誰もが生きているんだよ」と歌い上げます。
          
  ある心理学者がこんなことを言っています。、「人類は大昔から『しあわせ』
  を考え続けてきたが、今は科学的な『幸福学』の研究が始まっている」と。
  その研究の成果として発表されていることは、それは逆境の乗り越え方と
  言うことができるものです。
  ❖先ず第一に、悲しみを受け入れること。悲しみも苦しみもすぐには去って
  いかないので、しっかりと悲しむこと。
  ❖第二は、幸せを数えること。しっかりと悲しんだ後で、残されている良い
  ことを見つけること。(残されている良いことは実際に多いとのこと)
  ❖第三に、人に親切にすること。悲しみと苦しみの経験は、人の役に立つ
  そうなのです。 
     
  イエスさまのことばを思い出します。「
悲しむ者は幸いです。その人は慰
  められるから。
 マタイ5:4 決して無責任なことばではありません。
  何よりも人の悲しみを知り、慰めのことばを持っていたイエスさまのことば
  です。
  「
三寒四温」は冬の季語だそうですが、実際は今頃が当てはまる気候の
  変化なのでしょう。この季節を大いに楽しみましょう。

  
       
神さまの恵みと平安が豊かにありますように。



2017.2.27(月)  テーマ  <蟻から知恵を学べ>

  聖書の中にはたくさんの歴史上の人物が出てきますが、動植物や虫たち
  もたくさん登場します。油虫もいなごも、蟻も出てきます。旧約聖書の箴言
  の中に、蟻が3回登場するのですが、この小さな蟻から、人間が学ぶよう
  に言われるのです。何を学ぶようにと言われるのでしょうか。
        
  「なまけ者よ。蟻のところへ行き、そのやり方を見て、知恵を得よ。蟻
  には首領もつかさも支配者もいないが、夏のうちに食物を確保し、刈り
  入れ時に食糧を集める。」 箴言6:6~8
  「蟻は力のない種族だが、夏のうちに食糧を確保する。」 同30:25
  
ここに二つの教訓があるように思われます。一つは、勤勉さです。日本人
  は勤勉な民族です。今は働き過ぎが問題になています。現代的には働く
  ことと休むことのバランスを考えることでしょうか。
  もう一つは、より強く勧めていると思いますが、備えることです。「夏のうち
  に食糧を確保する」とは、働くことができない冬が必ず来ることを予測させ
  ます。「備えあれば憂いなし」ということわざもあります。災害への備えも
  ありますが、〝もしも〟に備えて、〝エンディングノート〟が市販されてい
  ます。「もうそろそろ」ではなく、「まだまだ」の時に書いておくことが大切な
  のだそうです。「日々の私のことばが遺言だ」と言われたお父さんもおられ
  ました。
   
  あと一週間で「
啓蟄です。地面の中に眠っていた虫たちが外に出てきて
  活動を始めます。季節を与え、季節を楽しませてくださる創造主なる神の
  愛と恵みを感じることができますように。

  
       
神さまの祝福が豊かにありますように。



2017.2.20(月)  テーマ  <喜び・祈り・感謝>

  二十四節気の「雨水」が過ぎ、もう少し寒い日は続くのでしょうが、確実に
  春は近づいていることを実感することができます。
       
  さて、聖書の中には「祈り」について、そして「祈る人」のことについて書か
  れているいる箇所は少なくないと思います。もし、それらの箇所を除いてし
  まうならば、聖書の分量はぐっと減るのではないでしょうか。
  「祈り」のことが言われている中で、「
いつも喜んでいなさい。絶えず祈
  
りなさい。すべてのことについて感謝しなさい。」 Ⅰテサロニケ5:16
  ~18
 はよく知られています。 ことばに出してみると、とてもリズム良く
  言うことができます。ここには「祈り」のほかに、前に「喜び」、後ろに「感謝」
  が言われています。ある方が言われました。「このことばの中に、幸福に
  なるカギがあります。」と。
  いつも喜んでいられるわけはないと知っていながら、敢えてそう勧めること
  は、喜びを見つけるようにとのチャレンジでもあるのかなと思います。
  祈りは、神さまとの対話です。対話の中に、神さまに愛され、守られている
  ことがわかります。それは感謝につながっていきます。 
      
  現実に起こってくる出来事に、喜びの対応、祈りの応答、感謝の気持ちの
  表現、「これがキリスト・イエスにあて神があなたがたに望んでおられる
  ことです。」と続いています。
    
 神さまの恵みの中に幸いな日々でありますように。