神は愛です

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2025年度のみことば

わたしの家は、あらゆる民の
祈りの家と呼ばれる。

(イザヤ書 56章7節)

 2026.3.15 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
詩篇 127篇 主が備えてくださる

  きょうの聖書箇所は、詩篇127篇です。「都上りの歌。ソロモンによる。」という
  表題があります。本篇は建築に関して、また結婚式でも開かれるところです。


  『
主が家を建てるのでなければ 建てる者の働きはむなしい。
   主が町を守るのでなければ 守る者の見張りはむなしい。
』(127:1)

  「家」は「家族」「家庭」とも理解できるでしょう。家屋の建築とともに、家庭を築き
  上げることは神のご配慮のなかで守られ、なされていくのです。私たちを通して、
  主のみわざが行われていくのです。
        
  あなたがたが早く起き 遅く休み 労苦の糧を食べたとしても それはむなしい。
   実に 主は愛する者に眠りを与えてくださる。
』(127:2)

  
努力をすることは大切なことです。しかし、すべてのことの背後に神の御手のわざ、神のご配慮があります。
  あれこれ思い煩うときに、眠れない夜もあるでしょう。すべてを神にゆだねて祈るときに、神が解決を与えて
  くださり平安を与えてくださるのです。
             
  『ですから、わたしのこれらのことばを聞いて、それを行う者はみな、岩の上に自分の家を建てた
   賢い人にたとえることができます。
』(マタイ7:24)

  主イエスの教え(聖書のことば)に聞き従うことができますように。主イエスという「岩の上」に人生を
  建て上げていけますように。
  
  この一週間も、神さまの豊かな恵みと祝福がありますようにお祈りいたします。
  主イエスの恵みと祝福が豊にありますように。十字架が自分の罪のためであることを知り、
  悔い改めて永遠のいのちをいただくことができますように。

  
     




 2026.3.8 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
ルカ 10:38~42 良いほうを選ぶ

  きょうの礼拝は、舘野牧師が群馬県の教会でご奉仕があったため、埼玉県の先生
  宣教をしてくださいました。聖書箇所は、ルカの福音書10章最後のところです。
  登場人物は、イエスさまとマルタ、マリアの姉妹です。姉妹は喜んでイエスさまを迎え
  たのです。

  『
彼女にはマリアという姉妹がいたが、主の足もとに座って、主のことばに聞き
   入っていた。
』(10:39)

  マリアは霊的な飢え渇きを持っていました。イエスさまは、マリアにみことばを語って
  くださり、その飢え渇きを満たそうとされたのです。
        
  一方、マルタはイエスさまに不満をぶちまけてしまいます。最初は喜んでおもてなしの準備をしていたで
  しょう。思うように準備が進まなかったのです。『マリアは何もしていない、私だけにさせている。』と心が
  不満でいっぱいになってしまいます。それは、マリアに対する不満とともに、イエスさまに対する不満でも
  あったのです。

  ところが、マルタはいろいろなもてなしのために心が落ち着かず・・・・・・』(10:40)
             
  しかしイエスさまは、マルタの気持ちをよくわかっておられました。決してマルタを叱ることなく、やさしく
  語りかけてくださいました。

  『マルタ、マルタ、あなたはいろいろなことを思い煩って、心を乱しています。しかし、必要なことは
   一つだけです。マリアはその良いほうを選びました。それが彼女から取り上げられることはあり
   ません。
』(10:41,42)

  もてなしは大切な奉仕です。でも、主を愛し、主のみことばに聞き入ることが第一のことです。思い煩う時や
  心乱れる時、イエスさまのところに行って静まってみことばを読み、祈ることは大切なことです。
  
  この一週間も、神さまの豊かな恵みと祝福がありますようにお祈りいたします。
  主イエスの恵みと祝福が豊にありますように。十字架が自分の罪のためであることを知り、
  悔い改めて永遠のいのちをいただくことができますように。

  
          




 2026.3.1 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
詩篇 90篇 「人の子らよ 帰れ」と言われる神

  きょうの聖書箇所は、詩篇90篇です。「神の人モーセの祈り」という表題があります。
  神は永遠から永遠に存在されるお方です。そして全世界は、神ご自身が創造された
  のです。

         『
山々が生まれる前から
          地と世界を あなたが生み出す前から
          とこしえからとこしえまで あなたは神です。
』(90:2)
        
  私たち人間は大地のちりで形造られ、やがては土のちりに帰る存在です。
  人の死は、神によって定められています。神の永遠性に比べれば、はかない存在
  なのです。
            あなたは人をちりに帰らせます。
             「人の子らよ 帰れ」と言われます。
』(90:3)

             
  モーセは多くの苦難を経験しましたが、神の豊かな恵みも味わってきたのです。どのような状況の中でも
  神を喜び、賛美することができますようにと祈ります。神はいつも私たちを顧み、支え導いてくださるお方
  です。

            『朝ごとに
             あなたの恵みで私たちを満ち足らせてください。
             私たちのすべての日に
             喜び歌い 楽しむことができるように。
』(90:14)
  
  この一週間も、神さまの豊かな恵みと祝福がありますようにお祈りいたします。
  主イエスの恵みと祝福が豊にありますように。十字架が自分の罪のためであることを知り、
  悔い改めて永遠のいのちをいただくことができますように。

  
             




 2026.2.22 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
詩篇 84篇 なんと幸いなことでしょう

  きょうの聖書箇所は、詩篇84篇です。
  詩人はエルサレムにある神殿を慕い求めています。「万軍の主よ」という呼びかけが
  繰り返されていて、創造主なる生ける神に賛美と感謝をささげています。

         『
私のたましいは 主の大庭を恋い慕って
          絶え入るばかりです。
          私の心も身も 生ける神に喜びの歌を歌います。
』(84:2)
        
  『なんと幸いなことでしょう』と、神を信頼し、神とともに歩む者の幸いを語って
  います。
            なんと幸いなことでしょう。
             その力があなたにあり
             心の中に シオンへの大路のある人は。
             彼らは涙の谷を過ぎるときも
             そこを泉の湧く所とします。
             初めの雨も そこを大いなる祝福でおおいます。
』(84:5,6)

  巡礼の旅は、人生の旅程とも重なります。さまざまな困難の中にも、主なる神の最善を信じて歩むときに
  豊かな助けと導きがあるのです。

             
  まず神の前静まり、神のみ声を聞くことは大切なことです。祈りのなかで主のみこころを知り、信頼して
  歩んでいくことができますように。

            『万軍の主よ
             なんと幸いなことでしょう。
             あなたに信頼する人は。
』(84:12)
  
  この一週間も、神さまの豊かな恵みと祝福がありますようにお祈りいたします。
  主イエスの恵みと祝福が豊にありますように。十字架が自分の罪のためであることを知り、
  悔い改めて永遠のいのちをいただくことができますように。

  
         




 2026.2.15 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
詩篇 46篇 神はわれらの避け所

  きょうの聖書箇所は、詩篇46篇です。
  世の中の出来事や人間関係の中で、私たちは恐れや不安を感じることがあるで
  しょう。一喜一憂の繰り返しかもしれません。聖書の中には、「恐れるな」という
  みことばが何度も語られています。

         『
神は われらの避け所 また力。
          苦しむとき そこにある強き助け。
          それゆえ われらは恐れない。
          たとえ地が変わり
          山々が揺れ 海のただ中に移るとも。
』(46:1、2)

  どのような状況であっても、神はそこにいて強き助けとなってくださるのです。私たちの避け所です。
        
  神は、いつも共にいてくださり、私たちを助け導いてくださるお方です。それは神の民の確信であり喜びです。

            万軍の主はわれらとともにおられる。
             ヤコブの神はわれらの砦である。
』467:7)

             
  神は、「やめよ」と声をかけてくださるお方です。人間的にあれこれ考え、行動することをやめて、まず
  神の前静まり、神のみ声を聞くことは大切なことです。祈りのなかで主のみこころを知り、信頼して
  歩んでいくことができますように。

            『やめよ。知れ。
             わたしこそ神。
             わたしは国々の間であがめられ
             地の上であがめられる。
』(46:10)
  
  この一週間も、神さまの豊かな恵みと祝福がありますようにお祈りいたします。
  主イエスの恵みと祝福が豊にありますように。十字架が自分の罪のためであることを知り、
  悔い改めて永遠のいのちをいただくことができますように。

  
            




 2026.2.1 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
詩篇 27篇 一つの願い

  きょうの聖書箇所は、詩篇27篇です。力強い信仰告白から始まります。
  主は、私たちの進むべき道を光り照らしてくださるお方です。さまざまな事柄から
  救い出してくださり、いのちを守ってくださるのです。

         『
主は私の光 私の救い。だれを私は恐れよう。
          主は私のいのちの砦。だれを私は怖がろう。
』(27:1)

  ダビデが置かれている状況は、命の危険さえ感じられます。ダビデはさまざまな
  苦難を通ってきたのです。
        
  ダビデは多くの苦難のなかで、『一つのことを主に願った』のです。生涯、主と共に
  歩み、どんな時にも信仰によって歩むことです。

            一つのことを私は主に願った。
             それを私は求めている。
             私のいのちの日の限り 主の家に住むことを。
             主の麗しさに目を注ぎ
             その宮で思いを巡らすために。
』(27:4)

             
  ダビデは心そそぎだして、主に祈り求めています。待ち伏せている敵がいるなかで『平らな道に導いてくだ
  さい』と主の助けを祈っています。でも、それは確信に満ちた祈りです。主を待ち望む者、主により頼む者
  とって『主はいのちの砦』だからです。

            『待ち望め 主を。
             雄々しくあれ。心を強くせよ。
             待ち望め 主を。
』(27:14)
  
  この一週間も、神さまの豊かな恵みと祝福がありますようにお祈りいたします。
  主イエスの恵みと祝福が豊にありますように。十字架が自分の罪のためであることを知り、
  悔い改めて永遠のいのちをいただくことができますように。

  
              




 2026.1.25 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
詩篇 24篇 栄光の王

  きょうの聖書箇所は、詩篇24篇です。表題は「ダビデによる。賛歌。」です。
  最初は創造主なる神を賛美しています。神は全世界の創造者であり、所有者なの
  です。

            『
地とそこに満ちているもの
             世界とその中に住んでいるもの
             それは主のもの。
』(24:1)
        
  次に、偉大な神である主を礼拝する者の姿が記されています。神を求める者、
  神の御顔を慕い求める者は、主から祝福を受けることができるのです。
  それは、どのような人々なのでしょうか。

            だれが 主の山に登り得るのか。
             だれが 聖なる御前に立てるのか。
             手がきよく 心の澄んだ人
             そのたましいをむなしいものに向けず
             偽りの誓いをしない人。
』(24:3,4)

             
  最後のところは、栄光の王の入城の賛美です。イエス・キリスは「栄光の王」「万軍の主」です。
  主イエスは十字架にかかり死なれましたが、3日目によみがえり、今も生きておられるお方です。
  そしてもう一度来られる(再臨)、救い主です。

            『栄光の王 それはだれか
             万軍の主 この方こそ栄光の王。
』(24:10)
  
  この一週間も、神さまの豊かな恵みと祝福がありますようにお祈りいたします。
  主イエスの恵みと祝福が豊にありますように。十字架が自分の罪のためであることを知り、
  悔い改めて永遠のいのちをいただくことができますように。

  
          




 2026.1.18 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
詩篇 19篇 神の栄光はどこに

  きょうの聖書箇所は、詩篇19篇です。
  この詩篇は3つに区切られていますが、最初は創造主なる神を賛美しています。
  自然界は神を雄弁に語っている、とダビデは歌っています。自然界は神の創造の
  みわざであり、神を証ししているのです。

  『
天は神の栄光を語り告げ
   大空は御手のわざを告げ知らせる。
』(19:1)
        
  また神は律法を通して、すなわち「ことば」をもってご自身を証しされています。
  主のみことばが、「おしえ」「証し」「戒め」「仰せ」と言い換えられています。神の
  ことばは、救いを与え、心を喜びで満たしてくださるのです。

  主のおしえは完全で  たましいを生き返らせ
   主の証しは確かで  浅はかな者を賢くする。
   主の戒めは真っ直ぐで  人の心を喜ばせ
   主の仰せは清らかで  人の目を明るくする。
』(19:7,8)

             
  最後のところはダビデの祈りです。隠れた罪から守られるように、傲慢にならないようにと、心からの
  祈りをささげています。

        『・・・どうか 隠れた罪から私を解き放ってください。
         あなたのしもべを 傲慢から守ってください。・・・
』(19:12,13)
  
  この一週間も、神さまの豊かな恵みと祝福がありますようにお祈りいたします。
  主イエスの恵みと祝福が豊にありますように。十字架が自分の罪のためであることを知り、
  悔い改めて永遠のいのちをいただくことができますように。

        『
私の口のことばと 私の心の思いとが 御前に受け入れられますように。
         主よ わが岩 わが贖い主よ。
』(19:14)
  
          




 2026.1.11 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
詩篇 8篇 人とは何ものなのでしょう

  きょうの聖書箇所は、詩篇8篇です。
  主への呼びかけと感動のことばから始まるこの詩篇は、その同じことばで閉じら
  れています。全知全能、創造主なる神を「あなた」と二人称で呼べることは大きな
  恵みです。
神は力と栄光に満ちておられるお方です。
  
  『
主よ 私たちの主よ
   あなたの御名は全地にわたり
   なんと力に満ちていることでしょう。
   あなたのご威光は天でたたえられています。
』(8:1)

  被造物は創造主の偉大さを物語っています。
  神の、目に見えない性質、すなわち神の永遠の力と神性は、世界が創造されたときから被造物を
   通して知られ、はっきりと認められるので、彼らに弁解の余地はありません。
』ローマ1:20

             
  「人」は神のかたちに造られました。創造の冠として造られたのです。そして、人は地を管理する仕事が
  委ねられました。神の御手のわざを見るときに、その偉大さに圧倒されますが、神は人を特別な存在として
  心に留め・顧みてくださっているのです。

        『あなたの指のわざである あなたの天
         あなたが整えられた月や星を見るに
         人とは何ものなのでしょう。
         あなたが心に留められるとは。
         人の子とはいったい何ものなのでしょう。
         あなたが顧みてくださるとは。
』(8:3,4)
  
  この一週間も、神さまの豊かな恵みと祝福がありますようにお祈りいたします。
  主イエスの恵みと祝福が豊にありますように。十字架が自分の罪のためであることを知り、
  悔い改めて永遠のいのちをいただくことができますように。

     『
イエスは死の苦しみのゆえに、栄光と誉れの冠を受けられました。
      その死は、神の恵みによって、すべての人のために味わわれたものです。
』ヘブル2:9


  
             




 2026.1.4 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
詩篇 3篇 救いは主にあります

  あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
  
  きょうの聖書箇所は、詩篇3篇です。表題に「ダビデの賛歌。ダビデがその子
  アブサロムから逃れたときに。」とあります。
  ダビデはイスラエルの王でしたが、家庭内にはさまざまな問題がありました。
  愛する息子に命を狙われるという、人生の危機に直面します。多くの人々の目
  には、絶望的な状況だったのです。
  しかしこのような中、ダビデは主に信頼し、確かな守り・助けの御手があることを
  信じて祈ります。

  
  『
しかし 主よ あなたこそ 私の周りを囲む盾   
   私の栄光 私のかしらを上げる方。
   私は声をあげて主を呼び求める。
   すると 主はその聖なる山から 私に答えてくださる。
』(3:3,4)
             
  危機的な状況のなかにあっても、主への信頼は安らかな眠りとなったのです。

  『私は身を横たえて眠り また目を覚ます。
   主が私を支えてくださるから。
』(3:5)

  新しい年も、神さまの豊かな恵みと祝福がありますようにお祈りいたします。
  主イエスの恵みと祝福が豊にありますように。十字架が自分の罪のためであることを知り、
  悔い改めて永遠のいのちをいただくことができますように。

            『
救いは主にあります。
             あなたの民に あなたの祝福がありますように。
』詩篇3:8


  
           




 2025.12.28 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
マタイ 2:1~12 東方からの礼拝者

  きょうは今年最後の礼拝式でした。プログラムの中の「証し・賛美」の時間は
  通常より長い時間をとり、4人の方が証し(信仰の体験談)をしてくださいま
  した。今年一年間の神さまの豊かな恵みを感謝いたします。

      
  
イエス・キリストはダビデ王の子孫でしたが、当時エルサレムで王位に就いて
  いたヘロデはユダヤ人ではありませんでした。その王のもとに、東の方から
  博士たちがやって来たのです。星に導かれて『ユダヤ人の王としてお生まれに
  なった方』を礼拝するための訪問でした。
  
  『
ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。私たちはその方の星が昇るのを
   見たので、礼拝するために来ました。
』(マタイ2:2)

  ヘロデ王は、これを聞いて動揺し、エルサレム中の人々も同じように動揺したのです。
             
  博士たちは続いて星に導かれてベツレヘムまで行き、幼子イエスを礼拝しました。

  『それから家に入り、母マリアとともにいる幼子を見、ひれ伏して礼拝した。そして宝の箱を開けて、
   黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。
』(2:11)

  博士たちは、大いなる喜びをもって、幼子イエスを礼拝しました。黄金・乳香・没薬は、王なるお方・
  救い主なる神にふさわしい献げものだったのです。  
                
  今年一年、ありがとうございました。新しい年も、神さまの豊かな恵みと祝福がありますようにお祈り
  いたします。

            『
わがたましいよ 主をほめたたえよ。
             主が良くしてくださったことを何一つ忘れるな。
』詩篇103:2

           


  
            




 2025.12.21 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
ルカ 2:8~20 最初のクリスマス礼拝

    クリスマスおめでとうございます。
  クリスマスはキリスト(救い主)のご降誕をお祝いするもので、きょうは
  世界中でクリスマス礼拝が行われています。
私たちの罪を赦し、永遠の
  いのち
を与えるために『神が人となってくださった』のです。信仰によって
  この恵みと祝福をいただくことができますように。

      
  ベツレヘムの野では羊が放牧されていました。羊は、いけにえとして神殿で
  献げられるものでした。羊飼いの仕事は重労働であり、律法を重んじるユダヤ社会にあって社会的地位は
  低く、さまざまな差別を受けていました。皆が眠りにつく夜、
  『
羊飼いたちが野宿をしながら、羊の群れの夜番をしていた』(2:8)のです。

  しかし、そんな彼らに最高の喜ばしい知らせが最初に届けられました。主の栄光が周囲を照らし、
  御使いのことばを聞いたのです。それこそが『
大きな喜びの知らせ』です。神は、低い者・小さい者・
  弱い者を顧みてくださるのです。

    『今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。
      この方こそ主キリストです。
』(2:11)
                
  羊飼いたちは、御使いのことばを信じて出かけ、飼葉桶に寝ているみどりごを捜し当てました。
  この世で最初に、救い主の誕生をお祝いしたのです。
  クリスマスの恵みと祝福が豊かにありますように。主イエスを信じ・受け入れ、救いと恵みをご自分の
  ものとすることができますように、お祈りいたします。

             『
いと高き所で、栄光が神にあるように。
              地の上で、平和が
              みこころにかなう人々にあるように。
』(2:14)

   
今週24日(水)午後7時30分から、クリスマスのゆうべがもたれます。ぜひお出かけください。
       
            




 2025.12.14 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
ルカ 1:26~38 マリアへの御告げ

  今日はアドヴェント第3日曜日です。
イエス・キリストのご降誕と再臨
  覚えです。イエスさまは、私たちの罪を負って十字架にかかって死なれ
  たが、3日目によみがえられました。アドヴェントは
救い主イエス
  お誕生を祝うクリスマスを、感謝と喜びをもって待ち望む時です。

       

  今日の聖書箇所は、ルカの福音書です。ユダヤ人ではないルカが、キリスト
  の誕生の出来事を詳細に記しています。ルカは冒頭で、
  『
私も、すべてのことを初めから綿密に調べていますから、・・・・順序立てて
   書いて差し上げるのが良いと思います。
』(1:3)と語っています。

  キリストの母に選ばれたのは、ヨセフのいいなずけマリアでした。神は御使いガブリエルを遣わして、
  マリアが聖霊によって身ごもることを告げたのです。

  『
恐れることはありません、マリア。あなたは神から恵みを受けたのです。見なさい。あなたは身ごもって、
   男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。
』(1:30,31)

  驚くべき出来事に、マリアはひどく戸惑いながらも、信仰によって受け入れ従いました。
  
  『
御使いは彼女に答えた。「聖霊があなたの上に望み、いと高き方の力があなたをおおいます。
   それゆえ、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれます。
』(1:35)
              
  全世界を造られ、歴史を支配し、私たちを生かしてくださっている生ける神のご計画であり、御業(みわざ)
  です。『
神にとって不可能なことは何もありません。』(1:37)

  主イエスだけが、天国への道・救いへの道なのです。イエスは人となって、この地上においでくださり、
  神ご自身を人々に示してくださったのです。主イエスにある平安と喜びにあふれて日々生活できます
  ように。

  
主イエスの恵みと祝福が豊にありますように。十字架が自分の罪のためであることを知り、
  悔い改めて永遠のいのちをいただくことができますように、お祈りいたします。

        

   
   
来週21日(日)午前9時から子どもクリスマス礼拝、午前10半からクリスマス礼拝、
     
午後2時からクリスマス祝会がもたれます。ぜひお出かけください。



        
         




 2025.12.7 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
マタイ 1:1~17 救い主の系図

  今日はアドヴェント第2日曜日です。
イエス・キリストのご降誕と再臨
  覚えです。イエスさまは、私たちの罪を負って十字架にかかって死なれ
  たが、3日目によみがえられました。アドヴェントは
救い主イエス
  お誕生を祝うクリスマスを、感謝と喜びをもって待ち望む時です。

  新約聖書は「マタイの福音書」から始まります。著者マタイは12弟子の一人
  です。主にユダヤ人を念頭に置き、イエス・キリストの生涯を書きました。
       

  『
アブラハムの子、ダビデの子、イエス・キリストの系図。』(1:1)

  アブラハムとダビデは、旧約時代を代表する人物です。
  マタイの福音書の当初の読み手がユダヤ人であったため、「系図」から始まっています。彼らにとって
  系図は大変重要なものだったのです。
この系図には、女性の名もあげられています。タマル、ラハブ、
  ルツ、ウリヤの妻、そしてマリアです。
               
  『
サルマがラハブによってボアズを生み、ボアズがルツによってオベデを生み、オベデがエッサイを
   生み、エッサイがダビデ王を生んだ。
(1:5,6)
                                      

  モアブ人であるルツは、その名を冠したルツ記に詳細が記されています。姑のナオミとともにイスラエルの
  まことの神を信じ、従い続けたのです。その子孫としてダビデが生まれました。
          
  『
神は約束にしたがって、このダビデの子孫から、イスラエルに救い主イエスを送ってくださいました。
                                  使徒の働き 13:23

  

  今週の生活のすべてとご健康が守られますようにお祈りいたします。

  どのような時にも、神の愛とご真実さを信じ、感謝して歩んでいけますように。
  
主イエスの十字架の救いを信じ、永遠のいのちをいただくことができますように。


   来週14日()午後2時から、子どもクリスマス会がもたれます。ゲームや聖書のお話し、
      プレゼントもある楽しいひとときです。ぜひお出かけください。


        
          




 2025.11.30 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
ヨハネ 1:9~13 神の子なる特権

  本日からアドヴェント(待降節)が始まります。
イエス・キリストのご降誕と再臨
  を覚える時です。イエス・キリストのお誕生は、毎年世界中でお祝いされます。
  私たちは死んだ人の誕生祝いはしません。主イエスは、今も生きて働かれて
  いるのです。私たちの罪を負って十字架にかかって死なれましたが、3日目に
  よみがえられました。アドベントは、
救い主イエス・キリストのお誕生を祝う
  クリスマスを、感謝と喜びをもって待ち望む時です。

       
  本日は講壇交換礼拝で、希望の丘キリスト教会(埼玉県上尾市)で牧会・ご奉仕されている先生がお話し
  してくださいました。聖書箇所はヨハネの福音書1章からです。

  神さまは愛なるお方です。その愛ゆえに私たちに様々な特権を与えてくださいました。その豊かさ・深さを
  知ることができますようにと祈ります。
  

  『
主は ヤコブをご自分のために選び
   イスラエルを ご自分の宝として選ばれた。
』詩篇135:4

  父をだましたり、問題もあったヤコブですが、神は一方的な恵みとあわれみによってヤコブを選ばれました。
  神の主権です。神は特権を与える主権がご自身にあることを示すために、欠けたところの多いヤコブを選び、
  祝福を与えられたのです。
               
  『
しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとなる特権を
   お与えになった。
(1:12)
                                      

  主イエスは、『
すべての人を照らすまことの光』(1:9)として、この世に来られました。イエスさまは、
  神のひとり子としての特権を持っていましたが、自分のためにそれを用いることはありませんでした。人々の
  救いのために歩んだのです。拒絶する人々もいましたが、イエスさまを救い主として信じ受け入れた人々には
  
神の子どもとなる特権が与えられたのです。
          
  『
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子(イエス・キリスト)を
   信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
』(3:16)

  
  内に住んでくださる聖霊によって、みことばを十分理解することができますように。

  今週の生活のすべてとご健康が守られますようにお祈りいたします。

  どのような時にも、神の愛とご真実さを信じ、感謝して歩んでいけますように。
  
主イエスの十字架の救いを信じ、永遠のいのちをいただくことができますように。


        
         




 2025.11.23 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
創世記 24:1~14 イサクの結婚

  今日の聖書箇所は、創世記24章初めのところです。イサクの妻を迎えるにあたり、
  アブラハムの最年長のしもべが用いられました。アブラハムは年を重ねて老人と

  なっていました。イサクの結婚は40歳の時であり、アブラハムは140歳です。
  『
主は、あらゆる面でアブラハムを祝福しておられた。』(24:1)のです。

  『
あなたは、私の国、私の親族のところに行って、私の息子イサクに妻を
   迎えなさい。
(24:4)
                                      

  アブラハムは、しもべに誓いをともなう任務を託したのです。それは、異教の地の
  カナン人の娘たちからではなく、自分の親族のところに行って、イサクの妻を迎える
  ということでした。
          
  しもべは目的地に到着して、泉に水を汲みに来る女性たちを待ちながら祈りました。

  『
私の主人アブラハムの神、主よ。どうか今日、私のために取り計らい、私の主人アブラハムに
   恵みを施してください。・・・
』(24:12)

  
  しもべは、まず神に祈ったのです。また、具体的に祈りました。自分だけでなく、らくだにも水を飲ませて
  くれる娘こそ、主が備えてくださった人だと信じ、その娘に会わせてくださるように、また主人アブラハムに
  恵みを施されたことを知ることができるようにと、祈りました。
  しもべが祈り終えないうちに、リベカが泉に来て、祈ったとおりのことをしたのです。

  
私の主人アブラハムの神、主がほめたたえられますように。主は、私の主人に対する恵みと
   まことをお捨てになりませんでした。主は道中、この私を導いてくださいました。主人の兄弟の
   家にまで。
(24:27)
                                        

  
  今週の生活のすべてとご健康が守られますようにお祈りいたします。

  どのような時にも、神の愛とご真実さを信じ、感謝して歩んでいけますように。
  
主イエスの十字架の救いを信じ、永遠のいのちをいただくことができますように。


        
      




 2025.11.16 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
創世記 22:1~19 アブラハムの試練

  今日の聖書箇所は、創世記22章です。神がアブラハムに与えた試練について
  記されています。


  『
神は仰せられた。「あなたの子、あなたが愛しているひとり子イサクを連れて、
   モリヤの地に行きなさい。そして、わたしがあなたに告げる一つの山の上で、
   彼を全焼のささげ物として献げなさい。
(22:2)
                                      

  全能の神のみわざとして老夫婦に与えられた子、イサクを「全焼のささげ物として
  献げなさい」という神のことばがありました。アブラハムにとって、イサクは約束
  の子として与えられた愛するひとり子です。全焼のささげ物とは、神への献身を
  表すいけにえであり、アブラハムの神への献身を試みるものでした。
          
  翌朝早く、アブラハムとイサク、二人の若いしもべはモリヤに向かいました。イサクは何も知らず「全焼の
  ささげ物にする羊は、どこにいるのですか」と尋ねたのです。

  『
アブラハムは答えた。「わが子よ、神ご自身が、全焼のささげ物の羊を備えてくださるのだ。」
                                          (21:3)

  アブラハムが祭壇を築いて、息子イサクを屠ろうとしたその時、御使いが「その子に手をくだしては
  ならない。・・・あなたが神を恐れていることがよく分かった。・・・
」(22:12)と告げたのです。
  この時、一匹の雄羊が備えられていました。アブラハムはそれを息子の代わりに全焼のささげ物として
  献げたのです。

  
アブラハムは、その場所の名をアドナイ・イルエと呼んだ。今日も、「主の山には備えがある」
   と言われている。
(22:14)
                                        

  
  今週の生活のすべてとご健康が守られますようにお祈りいたします。

  どのような時にも、神の愛とご真実さを信じ、感謝して歩んでいけますように。
  
主イエスの十字架の救いを信じ、永遠のいのちをいただくことができますように。


        
        




 2025.11.9 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
創世記 21:1~7 イサクの誕生

  今日の聖書箇所は、創世記21章はじめのところです。
  アブラムは、アブラハムという新たな名を与えられました。そして主は、妻サライを
  サラと呼ぶように
命じられたのです。主がサラを祝福してくださり、彼女に男の子が
  与えられると約束してくださいました。

  『
わたしは彼女を祝福し、彼女によって必ずあなたに男の子を与える。
   わたしは彼女を祝福する。彼女は国々の母となり、もろもろの民の王たちが
   彼女から出てくる。
(17:16)
                                      

  しかし『アブラハムはひれ伏して、笑った。』とあります。年老いた自分たちに、
  実現するとは思えなかったのでしょう。神はさらに、その子をイサクと名づけるように命じ
  られました。
          
  21章は、イサクの誕生が記されています。主は約束されたとおりに、サラを顧みてくださったのです。
  イサクが生まれたとき、アブラハムは百歳でした。

  『
アブラハムは、自分に生まれた子、サラが自分に産んだ子をイサクと名づけた。』(21:3)

  
  イサクは、「彼は笑う」の意味です。アブラハムとサラは、大きな喜びに満たされたことでしょう。
  二人は主の約束を信じきれず、笑ってしまいましたが、神はお約束を成し遂げてくださったのです。
  

         
神にとって不可能なことは何もありません。ルカの福音書 1:37
                                        

  
  今週の生活のすべてとご健康が守られますようにお祈りいたします。

  どのような時にも、神の愛とご真実さを信じ、感謝して歩んでいけますように。
  
主イエスの十字架の救いを信じ、永遠のいのちをいただくことができますように。


        
     




 2025.11.2 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
創世記 17:1~8 99歳のアブラハムと主の契約

  今日の聖書箇所は、創世記17章はじめのところです。主が
アブラムに個人的に
  関わりを持たれたのは、彼が75歳の時でした。主が告げられたとおりに生まれ
  故郷を出て、約束の地カナンに向かって出発したのです。17章は99歳のとき
  出来事です。

  『
さて、アブラムが99歳のとき、主はアブラムに現れ、こう言われた。
   「わたしは全能の神である。あなたはわたしの前に歩み、全き者であれ。
   わたしは、わたしの契約を、わたしとあなたとの間に立てる。わたしは、
   あなたを大いに増やす。
(17:1)
                                      

  99歳になったアブラムに、主はご自身を現されました。かつて主とアブラムが
  結んだ契約を確認されたのです。主はご自分が『全能の神』であることを語り、
  神に対する全き信仰・信頼を求めました。その結果、アブラムが『多くの国民の父』となると約束された
  のです。
  
  『
あなたの名は、もはや、アブラムと呼ばれない。あなたの名はアブラハムとなる。わたしが
   あなたを多くの国民の父とするからである。
』(17:5)

  アブラムは「高貴なる父」の意味で、アブラハムは「多くの国民の父」の意味です。
          
  この契約は「永遠の契約」であることが告げられました。
  『
わたしは、あなたの寄留の地、カナンの全土を、あなたとあなたの後の子孫に永遠の所有として
   与える。わたしは彼らの神となる。
』(15:8)

  神は改めて、土地に関しても、相続地として子孫に与えると約束してくださいました。

  
彼は望み得ない時に望みを抱いて信じ、「あなたの子孫は、このようになる」と言われたとおり、
   多くの国民の父となりました。
ローマ人への手紙4:18
                                        

  
  今週の生活のすべてとご健康が守られますようにお祈りいたします。

  どのような時にも、神の愛とご真実さを信じ、感謝して歩んでいけますように。
  
主イエスの十字架の救いを信じ、永遠のいのちをいただくことができますように。


        
                




 2025.10.26 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
創世記 15:1~6 アブラムは主を信じた

  きょうの聖書箇所は、創世記15章はじめのところです。
アブラムの信仰と義認に
  ついて記されています。主のことばに従ってカナンの地に来たアブラムでしたが、
  さまざまな試練や葛藤を経験しました。迷いや恐れを覚えていたでしょう。そんな
  アブラムに、主は語りかけてくださいました。

  『
アブラムよ、恐れるな。わたしはあなたの盾である。
   あなたへの報いは非常に大きい。
(15:1)
                                 
  アブラムは自分に子がいない現実について、率直に、主に語っています。
  『
ご覧ください。あなたが子孫を私に下さらなかったので、私の家のしもべが
   私の跡取りになるでしょう。
』(15:3)

  しかし主は『
ただ、あなた自身から生まれ出てくる者が、あなたの跡を継がなければならない』と明確に
  語られました。
          
  さらに主は、アブラムを外に連れ出し、子孫が満天の星のように多くなることを約束されたのです。
  『
アブラムは主を信じた。それで、それが彼の義と認められた。』(5:6)

       
  アブラムはいつも神の約束を信じ、信仰によって歩んでいったのです。
         
   
主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。使徒16:31
                                        

  
  今週の生活のすべてが守られますようにお祈りいたします。

  どのような時にも、神の愛とご真実さを信じ、感謝して歩んでいけますように。
  
主イエスの十字架の救いを信じ、永遠のいのちをいただくことができますように。


        
        




 2025.10.12 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
創世記 13:1~13 ロトとの別れ

  きょうの聖書箇所は、創世記13章です。
12章からアブラム(アブラハム)の召し
  その生涯について記されています。アブラムはイスラエル民族の父であり、
  信仰父と言われています。
  神の命令に従ったアブラムは、約束の地カナンに行きます。しかし飢饉が起きて、
  エジプトに避難することになりました。そこで危機的な出来事が起こりましたが、
  神のあわれみのなかで守られたのです。


  『
そこで、アブラムはエジプトを出て、ネゲブに上った。妻と、所有するすべての
   ものと、ロトも一緒であった。
(13:1)
                                 
  アブラムはエジプトを出てカナンの地に戻り、最初に天幕を張った場所まで行きます。
  『
そこは、彼が以前に築いた祭壇の場所であった。アブラムはそこで主の御名を呼び求めた。』(13:4)

  アブラムは祈り・礼拝をささげたのです。悔い改めの祈りとともに、自らの使命を再確認したことでしょう。
          
  カナンの地に入って問題が起こります。それは、アブラムと甥のロトと、それぞれの家畜が多すぎて一緒に
  住むことができなかったのです。
  
  『
そのため、争いが、アブラムの家畜の牧者たちと、ロトの家畜の牧者たちの間に起こった。』(13:7)

       
  アブラムはロトに、別れて住むことを提案します。そしてロトに選択権を与えました。ロトは、よく潤って
  いるヨルダンの低地全体を選びました。しかしこの地は、罪悪に満ちたソドムに近かったのです。
  一方、『
アブラムはカナンの地に住んだ。』(13:12)のです。
  アブラムはいつも神の約束を信じ、信仰によって歩んでいったのです。
         
   
信仰の創始者であり完成者であるイエスから、目を離さないでいなさい。ヘブル12:2
                                        

  
  今週の生活のすべてが守られますようにお祈りいたします。

  どのような時にも、神の愛とご真実さを信じ、感謝して歩んでいけますように。
  
主イエスの十字架の救いを信じ、永遠のいのちをいただくことができますように。


        
        




 2025.9.28 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
ピリピ 4:21~23 結びのことばと祈り

  きょうの聖書箇所は、ピリピ人への手紙最後のところです。
結びのことばであり、
  あいさつと祝祷です。
手紙は、パウロとピリピの聖徒との親しい交わりを表わす
  ことばで締めくくられています。

  『
キリスト・イエスにある聖徒の一人ひとりに、よろしく伝えてください。
   私と一緒にいる兄弟たちが、あなたがたによろしくと言っています。

                                 (4:21)

  パウロは「聖徒の一人ひとり」と記しています。神の前に一人ひとりは、かけがえの
  ない存在であり、パウロにとっても良き関係を築いていたのです。
          
  『
主イエス・キリストの恵みが、あなたがたの霊とともにありますように。』(4:23)

        
  パウロは祈りのことばを記して、「喜びの書簡」を閉じます。
  主イエスにある恵み・喜び・平安に、教会が、また一人ひとりが満たされますように。


          
私はあなたのみことばを心に蓄えます。
           あなたの前に罪ある者とならないために。
詩篇119:11
                                        

  
  今週の生活のすべてが守られますようにお祈りいたします。

  どのような時にも、神の愛とご真実さを信じ、感謝して歩んでいけますように。
  
主イエスの十字架の救いを信じ、永遠のいのちをいただくことができますように。


        
              




 2025.9.21 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
ピリピ 4:18~20 芳ばしい香り

  きょうの聖書箇所は、ピリピ人への手紙 4章18~20節です。

  パウロはこの手紙を獄中で書きましたが、『
主にあって喜びなさい』と繰り返し
  語っています。パウロはどのような状況の中にあっても、主にある喜びに満たさ
  れて歩んでいたのです。
  また、経済的に決して豊かではない状況のなかで、ピリピの教会はパウロの伝道
  を支援してきました。ローマに捕らえられているパウロに対して、エパフロディト
  贈り物を持たせて
遣わしたのです。


  『
私はすべての物を受けて、満ちあふれています。エパフロディトから
   あなたがたの贈り物を受け取って、満ち足りています。
   それは芳ばしい香りであって、神が喜んで受けてくださるささげ物です。

                                 (4:18)

  ピリピの教会の贈り物は、パウロを満ち足らせるものでした。また、それは神に喜ばれるささげ物でした。
  『芳ばしい香り』だったのです。
             
  『
また、私の神は、キリスト・イエスの栄光のうちにあるご自分の豊かさにしたがって、あなたがたの
   必要をすべて満たしてくださいます。
』(4:19)

        
  神は、教会の必要を、また一人ひとりの必要を、すべて満たしてくださるのです。

      
私たちの父である神に、栄光が世々限りなくありますように。アーメン。(4:20)
                                        

  
  今週の生活のすべてが守られますようにお祈りいたします。

  どのような時にも、神の愛とご真実さを信じ、感謝して歩んでいけますように。
  
主イエスの十字架の救いを信じ、永遠のいのちをいただくことができますように。


        
           
       




 2025.9.14 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
ピリピ 4:15~17 ピリピ教会の祝福の源泉

  きょうの聖書箇所は、ピリピ人への手紙 4章15~17節です。

  パウロの伝道を支援してきたピリピ教会は、決して豊かな教会ではありませんで
  した。むしろ、試練や貧しさがありました。それにもかかわらず、パウロの働き
  を覚え、支援し続けたのです。


  『
ピリピの人たち。あなたがたも知っているとおり、福音を伝え始めたころ、
   私がマケドニアを出たときに、物をやり取りして私の働きに関わってくれた
   教会はあなたがただけで、ほかにはありませんでした。
』(4:15)

  ピリピの聖徒たちは、貧しさの中にも感謝と喜びをもって、教会形成に関わって
  いったのです。神のなさることは、いつもタイムリーです。ふさわしい時に必要
  備え、満たしてくださるのです。
  
  『
テサロニケにいたときでさえ、あなたがたは私の必要のために、一度ならず二度までも物を
   送ってくれました。
』(4:16)

        
  ピリピ教会からの贈り物は、パウロの必要を満たすとともに、神ご自身が喜んでくださる行為でした。
  ピリピの聖徒たちは物質的な物を送りましたが、豊かな霊的祝福を受けたのです。「霊的な口座」に
  加えられたのです。

  
私は贈り物を求めているのではありません。私が求めているのは、あなたがたの霊的な口座に
   加えられていく実なのです。
(4:17)
                                        

          与えなさい。そうすれば、あなたがたも与えられます。』ルカ6:38
  
  今週の生活のすべてが守られますようにお祈りいたします。

  どのような時にも、神の愛とご真実さを信じ、感謝して歩んでいけますように。
  
主イエスの十字架の救いを信じ、永遠のいのちをいただくことができますように。


        
           
          




 2025.9.7 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
ピリピ 4:10~14 あらゆる境遇に対処する秘訣

  きょうの聖書箇所は、ピリピ人への手紙 4章10~14節です。

  「喜びなさい」と繰り返し語ってきたパウロは、ここでも「主にあって大いに喜んで
  います」(10節)と伝えています。それはピリピの聖徒たちに、パウロを案じて
  くれる心がよみがえったからです。
以前のように自分のことを心配してくれている
  とを、主にあって喜んでいるのです。

  『
乏しいからこう言うのではありません。私は、どんな境遇にあっても満足する
   ことを学びました。
』(4:11)

  パウロは、物質的には乏しいことがありましたが、どんな境遇にも満足することが
  できました。それは、主によって強くされたからです。
  
  『
私を強くしてくださる方によって、私はどんなことでもできるのです。』(4:13)

        
  主のしもべとなったパウロは、様々な体験をしてきました。経済的には貧しさ・豊かさ、どちらも経験して
  きました。ピリピの聖徒たちの物質的な援助とともに、「苦難を分け合ってくれた」ことを喜んでいます。


  
私は、貧しくあることも知っており、富むことも知っています。満ち足りることにも飢えることにも、
   富むことにも乏しいことにも、ありとあらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。
(4:12)
                                        

  今週の生活のすべてが守られますようにお祈りいたします。
  どのような時にも、神の愛とご真実さを信じ、感謝して歩んでいけますように。
  
主イエスの十字架の救いを信じ、永遠のいのちをいただくことができますように。


        
           
            




 2025.8.31 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
出エジプト記 3:1~12 神様はあなたを遣わしている

  本日は講壇交換礼拝でした。教団の聖書学院 学院長で、また埼玉県 倉松キリスト
  教会で牧会・ご奉仕されている先生がお話ししてくださいました。
  聖書箇所は出エジプト記 3章前半です。


  モーセは神様の不思議なご計画の中で誕生し、エジプトの王女に育てられましたが、
  
ある事件をきっかけに王子の立場を失い、荒野に逃げのびて羊飼いとなりました。
  波乱万丈な人生でした。生まれてからの40年はエジプトの王子として、最高の
  教育を受けることができたでしょう。次の40年は、羊飼いとして様々な訓練の時
  なりました。

  人生の中で、どうしてこんな所を通らされるのか、と思うこともあるでしょう。
  しかし神様は、この次の何かに、私たちを導こうとされているのです。

  『
・・・神は柴の茂みの中から彼に「モーセ、モーセ」と呼びかけられた。彼は「はい、ここにおります。」
   と答えた。
』(3:4)

  モーセに語りかけてくださった神様は、私たちにも語りかけてくださっています。それは、あるときは誰か
  他の人を通してであったり、また神のことばである聖書を通して語ってくださるのです。私たちもモーセの
  ように「
はい、ここにおります。」と応答したいものです。
        
  波乱万丈な人生の中で、神様は、どのような時もモーセと共におられ励まし、ご自身の栄光を表す目的を
  もってモーセを遣わされました。同じように、神様は私たちと共におられ励まし、それぞれの場に遣わさ
  ています。

  
神は仰せられた。「わたしが、あなたとともにいる。これが、あなたのためのしるしである。
   このわたしがあなたを遣わすのだ。・・・
(3:12)
                                        

  酷暑が続いていますが、今週の生活のすべてが守られますようにお祈りいたします。
  どのような時にも、神の愛とご真実さを信じ、感謝して歩んでいけますように。
  
主イエスの十字架の救いを信じ、永遠のいのちをいただくことができますように。


        
            



 2025.8.24 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
ピリピ 4:8~9 心に留めるべきこと

  きょうの聖書箇所はピリピ人への手紙 4章8節、9節です。
  パウロは、これまでもピリピの聖徒たちに具体的な勧めをなしてきました。
  ここでは「心に留めるべきこと」を列挙しています。


  『
最後に、兄弟たち。すべて真実なこと、すべて尊ぶべきこと、すべて正しい
   こと、すべて清いこと、すべて愛すべきこと、すべて評判の良いことに、また、
   何か徳とされることや称賛に値することがあれば、そのようなことに心を
   留めなさい。
』(4:8)

  パウロは、すべての良いことを求めるように、心に留めるようにと勧めています。
        
  そして、教えられたことを行うようにと語っています。パウロから教えられた大切な事柄を心に留め、
  さらに行うこと・実践することを勧めているのです。

  
あなたがたが私から学んだこと、受けたこと、聞いたこと、見たことを行いなさい。
   そうすれば、平和の神があなたがたとともにいてくださいます。
(4:9)
                                        

  平和の神が与えてくださる「神の平安」の中に、いつも生活できますように。
  酷暑が続いていますが、今週の生活のすべてが守られますようにお祈りいたします。
  どのような時にも、神の愛とご真実さを信じ、感謝して歩んでいけますように。
  
主イエスの十字架の救いを信じ、永遠のいのちをいただくことができますように。


        
                



 2025.8.17 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
ピリピ 4:4~7 喜び・感謝・平安

  きょうの聖書箇所はピリピ人への手紙4章4節から7節です。
  パウロは、この手紙を獄中で書きました。しかしこの手紙は、ピリピの聖徒たちへの
  感謝にあふれ、主にある喜びが強調されています。どのような状況にあっても、主に
  あって喜びなさいと勧めています。


  『
いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。』(4:4)
        
  思い煩うときに、喜びはないでしょう。思い煩いを神さまにゆだねて、感謝の心を
  もって祈るときに、神さまは平安を与えてくださるのです。
     
  
何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、
   あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。
   そうすれば、すべての理解を超えた神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスに
   あって守ってくれます。
(4:6,7)
                                        

  「神の平安」の中に、いつも生活できますように。
  酷暑が続いていますが、今週の生活のすべてが守られますようにお祈りいたします。
  どのような時にも、神の愛とご真実さを信じ、感謝して歩んでいけますように。
  
主イエスの十字架の救いを信じ、永遠のいのちをいただくことができますように。


        
             



 2025.8.10 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
ピリピ 4:1~3 痛みと処方箋

  今日の礼拝は、宣教の前に、日本基督教団 姫路福音教会の会員であるご夫妻が
  証しをしてくださいました。お二人とも配偶者を病気で失い、その後、神さまの導き
  の中で再婚されました。ご主人は、「切り絵」や小さなビーズを並べて絵画にする
  アート「ダイヤモンド・ペインティング」に取り組まれ、初の個展を5月に開催し
  ました。今回、羽生教会で作品の展示もしてくださり、多くの方々が鑑賞されました。

  また、ご主人は前立腺がんとの闘病生活を経て、今はお元気になられました。
  証しは、同じように病と戦う人たちへの励ましとなっています。

  神を愛する人たち、すなわち、神のご計画にしたがって召された人たちのため
   には、すべてのことがともに働いて益となることを、私たちは知っています。
』 
                               ローマ 8:28

             
  きょうの聖書箇所はピリピ人への手紙4章1節から3節です。
  パウロはピリピの聖徒たちに、愛をもって語りかけています。彼らを自分の喜び、冠だと言っています。


  『
ですから、私の愛し慕う兄弟たち、私の喜び、冠よ。このように主にあって堅く立ってください。
   愛する者たち。・・・あなたがたは、主にあって同じ思いになってください。
』(4:1、2)

  パウロは、2人の姉妹の名前をあげて、『主にあって同じ思い』となるように勧めています。そして、他の方
  にも『彼女たちを助けてあげてください』とお願いしています。
  教会内の具体的な問題について助言し、繰り返し『
主にあって』と語られています。主イエスを信じる者は
  どんなときにも、主のみこころに従って、主に喜ばれる歩みをなしていくのです。
     
      
心のきよい者は幸いです。その人たちは神を見るからです。 マタイ5:8
                                        

  
  今週の生活のすべてが守られますようにお祈りいたします。
  どのような時にも、神の愛とご真実さを信じ、感謝して歩んでいけますように。
  
主イエスの十字架の救いを信じ、永遠のいのちをいただくことができますように。


        
                   



 2025.8.3 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
ピリピ 3:12~16 目標を目指して

  きょうの聖書箇所はピリピ人への手紙3章12節から16節です。
  パウロは「律法」に精通し、「福音」の理解も実体験も豊富でしたが、今でも『追求
  している』と語っています。神は人知を超えて偉大なお方であり、福音は豊かなもの
  なのです。


  『
私は、すでに得たのでもなく、すでに完全にされているのでもありません。
   ただ捕らえようとして追求しているのです。そして、それを得るようにと、
   キリスト・イエスが私を捕らえてくださったのです。
』(3:12)

  パウロは、信仰が完全にされたのではないと述べつつ、
キリストが自分を捕らえて
  くださったと言っています。
     
  『
・・・ただ一つのこと、すなわち、うしろのものを忘れ、前のものに向かって身を伸ばし、
   キリスト・イエスにあって神が上に召してくださるという、その賞をいただくために、目標を
   目指して走っているのです。
(3:13,14)

  過去に生きず、将来を見据えて、今を最善に生きることは大切です。キリストを信じる者はみな、
  神によって召され、キリストが捕らえてくださったのです。「目標を目指して」、前進できますように。
  また、与えられた賜物を忠実に用いることができますようにと、お祈りいたします。

  
  
主人は彼に言った。「よくやった。良い忠実なしもべだ。おまえはわずかな物に忠実だったから、
   多くの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。
 マタイ25:21
                                        

  
  酷暑が続いていますが、今週の生活のすべてが守られますようにお祈りいたします。
  どのような時にも、神の愛とご真実さを信じ、感謝して歩んでいけますように。
  
主イエスの十字架の救いを信じ、永遠のいのちをいただくことができますように。


        
                 



 2025.7.27 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
ピリピ 3:4~11 価値観の転換

  きょうの聖書箇所はピリピ人への手紙3章4節から11節です。
  パウロはローマの市民権を持っていました。また、人間的には頼りになると思われる
  ユダヤ人としての履歴を語っています。血統と経歴において、誇り高く、きっすいの
  ヘブル人だったのです。


  『
私は生まれて8日目に割礼を受け、イスラエル民族、ベニヤミン部族の出身、
   ヘブル人の中のヘブル人、律法についてはパリサイ人、・・・・
』(3:5)
     
  しかし、
イエス・キリストと出会ったパウロは『自分にとって得であったこのような
  すべてのものを、キリストのゆえに損と思うようになった
』(3:7)のです。
  キリストと共に歩む人生に変えられ、価値観や物の見方が変えられました。

  『
それどころか、私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、私はすべてを
   損と思っています。私はキリストのゆえにすべてを失いましたが、それらはちりあくただと考えて
   います。・・・・
(3:8)

  パウロは、律法を行うことによって得られる義ではなく、キリストを信じる信仰によって神に義と認められる
  『信仰による義』を得たのです。

  
  
キリストにある者と認められるようになるためです。私は律法による自分の義ではなく、
   キリストを信じることによる義、すなわち、信仰に基づいて神から与えられる義を持つのです。

                                        (3:9)

  
  主イエスの十字架とよみがえりによって、救いの道が開かれたのです。
  十字架にかかり、よみがえられた主イエスだけが、天国への道・救いへの道です。
  罪の赦しと永遠のいのち、そして日々の守りと助け・導きがあります。イエスにある平安と喜びにあふれて
  生活できますようにお祈りいたします。

  

        
               



 2025.7.13 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
ピリピ 2:25~30 教会を建て上げるために②

  きょうの聖書箇所はピリピ人への手紙2章25節から30節です。パウロはテモテに
  続いて、エパフロディトについて書き記しています。テモテは教会形成・牧会的奉仕
  の役目を負って、ピリピ教会に遣わされるということです。
  一方、エパフロディトはピリピ教会の一員であり、ピリピ教会に送り返すとパウロは
  語っています。エパフロディトは、パウロの窮乏を補うために、ピリピ教会から遣わ
  れたのでした。


  『
私は、私の兄弟、同労者、戦友であり、あなたがたの使者で、私の必要に
   仕えてくれたエパフロディトを、あなたがたのところに送り返す必要がある
   と考えました。
』(2:25)
     
  エパフロディトは、パウロと共に福音に携わり、パウロに仕えてきました。しかし、思いもよらない重篤な
  病気にかかってしまったのです。『
キリストの働きのために、死ぬばかりになりました。』(2:30)
  彼の癒しのために皆が祈ったことでしょう。やがて彼は快復し、ピリピ教会に戻れるようになったのです。

  『
本当に彼は死ぬほどの病気にかかりました。しかし、神は彼をあわれんでくださいました。
   彼だけでなく私もあわれんでくださり、悲しみに悲しみが重ならないようにしてくださいました。

                                      (2:27)

  パウロと共に教会を建て上げるために、テモテとエパフロディトは心から主イエスに仕えてきたのです。
  
            
民よ どんなときにも神に信頼せよ。
             あなたがたの心を 神の御前に注ぎ出せ。
             神はわれらの避け所である。
詩篇 62:8

  
  主イエスの十字架とよみがえりによって、救いの道が開かれたのです。
  十字架にかかり、よみがえられた主イエスだけが、天国への道・救いへの道です。
  罪の赦しと永遠のいのち、そして日々の守りと助け・導きがあります。イエスにある平安と喜びにあふれて
  生活できますようにお祈りいたします。

  

        
           



 2025.7.6 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
ピリピ 2:19~24 教会を建て上げるために①

  きょうの聖書箇所はピリピ人への手紙2章19節から24節です。パウロはテモテを
  遣わす計画を述べています。ピリピ教会の様子を知って、励ましを受けたいと願って
  いたのです。


  『
私は早くテモテをあなたがたのところに送りたいと、主イエスにあって望んで
   います。あなたがたのことを知って、励ましを受けるためです。
』(2:19)

  テモテはパウロの愛弟子であり、自分自身のことよりもイエス・キリストのことを
  求めており、福音のためにパウロと共に奉仕してきたのです。
  
  『
テモテのように私と同じ心になって、真実にあなたがたのことを心配して
   いる者は、だれもいません。
』2:20)
         
  テモテは屈強な働き人ではありませんでした。弱さも抱えていたのです。しかし、信頼に足る人物であり
  パウロは『テモテが適任』であると語っています。

  
テモテが適任であることは、あなたがたが知っています。子が父に仕えるように、テモテは私と
   ともに福音のために奉仕してきました。
(2:22)

  ピリピ教会がさらに健全な教会に成長するために、テモテは派遣されます。パウロもテモテもピリピ教会も、
  共に主のために労する喜びを共有していくのです。


  神は唯一です。神と人との間の仲介者も唯一であり、それは人としてのキリスト・イエスです。
                                     (Ⅰテモテ 2:5)

         
  
  主イエスの十字架とよみがえりによって、救いの道が開かれたのです。
  十字架にかかり、よみがえられた主イエスだけが、天国への道・救いへの道です。
  罪の赦しと永遠のいのち、そして日々の守りと助け・導きがあります。イエスにある平安と喜びにあふれて
  生活できますようにお祈りいたします。

  

        
              



 2025.6.29 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
ヨハネ 21:17~25 他者との比較から解放される

  本日は講壇交換礼拝で、埼玉県熊谷市で牧会・ご奉仕されている先生がお話し
  してくださいました。聖書箇所はヨハネの福音書21章最後のところです。
  復活の主イエスとペテロの問答が記されています。

  
イエス・キリス
の十字架を前にして、『弟子たちはみなイエスを見捨てて逃げ
  しまった。
』(マタイ26:56)のです。弟子のリーダー格であるペテロは、
  『
牢であろうと、死であろうと、覚悟はできております。』(ルカ22:33)と言い
  ながら、イエスを知らないと3度も否認してしまいました。
      
  そのような弟子たちに復活の主は、ご自分を現わされたのです。弟子たちは
  ガリラヤ湖で大漁の経験をし、食事をともにしました。彼らが食事を済ませたとき、
  イエスはペテロに言われました。

  
「ヨハネの子シモン。あなたは、この人たちが愛する以上に、わたしを愛していますか。」
   ペテロは答えた。「はい、主よ。私があなたを愛していることは、あなたがご存じです。」
   イエスは彼に言われた。「わたしの子羊を飼いなさい。」
(ヨハネ21:15)

  主イエスは3度も質問をし、ペテロは3度応答したのです。
          
  ガリラヤ湖畔を歩き出されたイエスに、ペテロが後からついて歩きました。すると、その後をもう一人
  ついて来ている弟子がいました。ヨハネです。ペテロとヨハネは、最年長と最若年でしたが、ペテロは
  ヨハネのことが気になったようです。でも主イエスは言われました。


            ・・・あなたは、わたしに従いなさい。』(ヨハネ 21:22)
         
  ヨハネはヨハネ。ペテロはペテロ。他の弟子と比べること無く、あなたはあなたとして、『わたしについて
  きなさい』と。
  
  十字架にかかり、よみがえられた主イエスだけが、天国への道・救いへの道です。
  罪の赦しと永遠のいのち、そして日々の守りと助け・導きがあります。イエスにある平安と喜びにあふれて
  生活できますようにお祈りいたします。

  

        
             



 2025.6.22 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
ピリピ 2:12~18 世の光として輝くために

  きょうの聖書箇所はピリピ人への手紙2章12節から18節です。パウロはピリピ
  の聖徒たちに、『
曲がった邪悪な世代のただ中にあって傷のない神の子ども
  なり
(2:15)と語り、そのような世界で、『世の光として輝く』ことを勧め
  います。

  
・・・愛する者たち、あなたがたがいつも従順であったように、私がともに
   いるときだけでなく、私がいない今はなおさら従順になり、恐れおののいて
   自分の救いを達成するよう努めなさい。
(2:12)

  人は、主イエスを信じる信仰によって救われます。救いのわざは、聖霊なる神
  お働きです。私たちは福音にふさわしく生きていくために、努めること・努力する
  ことも大切であると、パウロは語っています。そのためには、『従順』になること、
  『恐れおののく』ことを教えています。恐れおののくとは、神の前にへりくだり、謙遜に歩むことです。
          
  『
・・・あなたがたが、非難されるところのない純真な者となり、また、曲がった邪悪な世代のただ中
   にあって傷のない神の子どもとなり、いのちのことばをしっかり握り、彼らの間で世の光として輝く
   ためです。・・・
』(2:15~16)

  『
いのちのことば』とは、信じる者に永遠のいのちを与える神の福音です。
神のみことばをしっかり握り、
  世の光として輝くことが勧められています。

  イエスは再び人々に語られた。「わたしは世の光です。わたしに従う者は、決して闇の中を歩む
   ことがなく、いのちの光を持ちます。
』ヨハネ 8:12

         
  主イエスの十字架とよみがえりによって、救いの道が開かれたのです。
  十字架にかかり、よみがえられた主イエスだけが、天国への道・救いへの道です。
  罪の赦しと永遠のいのち、そして日々の守りと助け・導きがあります。イエスにある平安と喜びにあふれて
  生活できますようにお祈りいたします。

  

        
               



 2025.6.15 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
ピリピ 2:5~11 キリストの謙遜と従順

  きょうの聖書箇所はピリピ人への手紙2章5節から11節です。パウロがピリピの
  聖徒たちに勧めた生き方には模範がありました。
主イエス・キリストの生き方です。
  『
キリスト・イエスのうちにあるこの思いを・・・抱きなさい。(2:5)と語り、
  イエスの謙遜と従順について、詳しく記しています。

  
キリストは、神の御姿であられるのに、神としてのあり方を捨てられない
   とは考えず、ご自分を空しくして、しもべの姿をとり、人間と同じように
   なられました。
(2:6,7)

  キリストは、まことの神であり、まことの人です。私たちを罪から救うために、
  神のあり方を捨て、十字架の死にまで従ってくださったのです。

  『
人としての姿をもって現れ、自らを低くして、死にまで、それも十字架の死にまで従われました。
   それゆえ神は、この方を高く上げて、すべての名にまさる名を与えられました。
』(2:7~9)

         
  主イエスの十字架とよみがえりによって、救いの道が開かれたのです。
  十字架にかかり、よみがえられた主イエスだけが、天国への道・救いへの道です。
  罪の赦しと永遠のいのち、そして日々の守りと助け・導きがあります。イエスにある平安と喜びにあふれて
  生活できますようにお祈りいたします。

  
  わたし(イエス・キリスト)は心が柔和でへりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを
   負って、わたしから学びなさい。そうすれば、たましいに安らぎを得ます。
』マタイ11:29

  

                 イエス・キリストは主です』(2:11)

        
             




 2025.6.8 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
使徒の働き 2:40~47 教会の誕生
  
  きょうは、聖霊が注がれ、教会が誕生したことを記念するペンテコステ礼拝です。
  ペンテコステとはギリシャ語で五旬節・50日目の意味です。聖霊降臨日とも呼ば
  れています。
五旬節は、過越の祭りから50日目に祝われるユダヤ人の祭りです。

  イエス・キリスト
の復活と昇天の後、約束の聖霊が与えられました。聖霊は、いつも
  私たちと共にいて、助け・守り・導いてくださるお方です。

  
  きょうの聖書箇所は使徒の働き2章です。使徒を代表して、ペテロが声を張り上げ
  人々に語りかけました。ヨエル書を引用し、聖霊降臨はヨエルの預言の成就で
  あると語ったのです。
  

  神は言われる。終わりの日に、わたしは すべての人にわたしの霊を注ぐ。
   あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。
(2:17)

         
  この日、ペテロのことばを受け入れた人々はバプテスマを受けました。3000人ほどが仲間に加えら
  れたのです。

  彼らはいつも、使徒たちの教えを守り、交わりを持ち、パンを裂き、祈りをしていた。』(2:42)

  人々は、神のことばに従い、良き交わりを持ち、祈りを共にしていたことが分かります。

  旧約時代には、特別な人に、特別な時に注がれた聖霊。しかし、ペンテコステ以降には、すべての神の民
  に聖霊が注がれるようになりました。主イエスの十字架のみわざ、恵みのゆえです。
  ただ信仰によって、すべての人が聖霊を受けることができます。聖霊に満たされ、神の御声に聞き従う
  歩みでありますように。

           しかし、主の御名を呼び求める者は みな救われる。』(2:21)

        
            




 2025.5.25 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
ピリピ 1:27~30 キリストのための苦しみ
  
  きょうの聖書箇所はピリピ人への手紙 1章27~30節です。ここでパウロは、
  『
キリストの福音にふさわしく生活しなさ
』と勧めています。これは、みことばを
  実践することです。生き方そのものが証しとなり、福音の素晴らしさが周囲に届け
  られるのです。そのためには、聖書から「神のことば」をしっかり聞くことが不可欠
  です。またパウロは、ピリピ教会の人たちに願っていました。

  ・・・あなたがたは霊を一つにして堅く立ち、福音の信仰のために心を一つに
   してともに戦っていて、どんなことがあっても、反対者たちに脅かされること
   はない、と。・・・
(1:27,28)

         
  パウロは、キリストのために苦しむことも、恵みとして受けるようにと語っています。
  パウロ自身、福音のゆえに迫害を受け、獄中につながれていたのです。


  あなたがたがキリストのために受けた恵みは、キリストを信じることだけでなく、キリストのために
   苦しむことでもあるのです。
』(1:30)

             
  十字架にかかり、よみがえられた主イエスだけが、天国への道・救いへの道です。
  罪の赦しと永遠のいのち、そして日々の守りと助け・導きがあります。イエスにある平安と喜びにあふれて
  生活できますようにお祈りいたします。



              



 2025.5.18 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
ピリピ 3:17~21 天に国籍を持つ者たち
  
  本日は召天者記念礼拝でした。天国に召された方々を偲び、私たちは地上で
  いかに生きていくかを考える時です。みことばを深く味わい、今生きている私
  たちが、神の恵みと励ましをいただいて『走るべき道のりを走り終え、信仰を
  守り通す
』(Ⅱテモテ4:7)ことができますようにお祈りいたします。

  きょうの聖書箇所はピリピ人への手紙3章17~21節です。パウロは『私に倣う
  者となってください』と語っています。パウロ自身、イエス・キリストに倣い、主の
  みこころに従って生きていました。
  しかし『多くの人がキリストの十字架の敵』として歩んでいたのです。
彼らは自分
  欲望を追及し、邪悪な生活をしていました。パウロはその現実に心痛めていたのです。

  ・・・私はたびたびあなたがたに言ってきたし、今も涙ながらに言うのですが、多くの人が
   キリストの十字架の敵として歩んでいるからです。
(3:18)

         
  パウロは、イエス・キリストを信じる者たちに与えられた特権を明確に伝えています。

  しかし、私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主として来られるのを、
   私たちは待ち望んでいます。
』(3:20)

  キリスト者は、『
・・・私たちの卑しいからだを、ご自分の栄光に輝くからだと同じ姿に変えてくださる
  (3:21)という希望を持って、
主の再臨を待ち望むのです。

             
  十字架にかかり、よみがえられた主イエスだけが、天国への道・救いへの道です。
  罪の赦しと永遠のいのち、そして日々の守りと助け・導きがあります。イエスにある平安と喜びにあふれて
  生活できますようにお祈りいたします。



      



 2025.5.11 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
ピリピ 1:19~26 パウロの死生観
  
  きょうの聖書箇所はピリピ人への手紙1章19~26節です。パウロの喜びは「福音
  の前進」でした。ともに福音にあずかること、ともに宣教にあずかることを、パウロ
  何よりも喜びとしています。
イエス・キリストの十字架とよみがえりによる救い
  
恵みを感謝し、キリストがあがめられることを望んでいたのです。

  『
私の願いは、どんな場合にも恥じることなく、今もいつものように大胆に語り、
   生きるにしても死ぬにしても、私の身によってキリストがあがめられること
   です。
』(1:20)

  また、パウロにとって「死」とは、また「生」とは何かを語っています。福音宣教に
  人生のすべてをささげていたパウロは死ぬことも覚悟していました。


  『
私にとって生きることはキリスト、死ぬことは益です。(1:21)
             
  『
世を去ってキリストとともにいる』ことを願いつつ、しかし『この肉体にとどまること』がピリピの教会の
  信徒たちのために必要であると、パウロは語っています。
  
  このことを確信しているので、あなたがたの信仰の前進と喜びのために、私が生きながらえて、
   あなたがたすべてとともにいるようになることを知っています。
』(1:25)


  十字架にかかり、よみがえられた主イエスだけが、天国への道・救いへの道です。
  罪の赦しと永遠のいのち、そして日々の守りと助け・導きがあります。イエスにある平安と喜びにあふれて
  生活できますようにお祈りいたします。


   『私(パウロ)は勇敢に戦い抜き、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。』Ⅱテモテ4:7


          



 2025.5.4 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
ピリピ 1:12~18 福音の前進
  
  きょうの聖書箇所は、ピリピ人への手紙1章12~18節です。ピリピ教会にあてて
  届けられたこの手紙は「喜びの手紙」とも言われています。きょうの箇所にも喜び
  が伝えられています。パウロは、信仰のゆえに投獄されてしまいますが、それは
  『福音の前進』に役立ったと語っています。

  『
兄弟たちの大多数は、私が投獄されたことで、主にあって確信が与えられ、
   恐れることなく、ますます大胆にみことばを語るようになりました。
』(1:14)

  またパウロは、見張りのローマ兵の親衛隊に福音を語ることができました。パウロの
  投獄により、ローマの親衛隊やほかの人々にも福音が伝えられたのです。
          
  パウロは、福音宣教の動機についても語っています。

  『
人々の中には、ねたみや争いからキリストを宣べ伝える者もいますが、善意からする者もいます。
                                     (1:15)
  ある人々は、愛をもってキリストを伝えていますが、ほかの人々の中には、純粋な動機からではなく党派心
  から伝道する者もいたのです。パウロに対するねたみや対抗心をもって、キリストを宣べ伝える者たちも
  いました。
  しかしパウロは動機が何であれ、福音が前進することを喜びとしていました。キリストが宣べ伝えられて
  いることを喜んだのです。

   『・・・あらゆる仕方でキリストが宣べ伝えられているのですから、私はそのことを喜んでいます。
                                     (1:14)


  十字架にかかり、よみがえられた主イエスだけが、天国への道・救いへの道です。
  罪の赦しと永遠のいのち、そして日々の守りと助け・導きがあります。イエスにある平安と喜びにあふれて
  生活できますようにお祈りいたします。



         



 2025.4.27 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
ピリピ 1:8~11 愛の成長
  
  きょうの聖書箇所は、ピリピ人への手紙1章8~11節です。パウロはピリピ教会の
  聖徒たちを心から愛していたのです。

  『
私がキリスト・イエスの愛の心をもって、どんなにあなたがたすべてを
   慕っているか、その証しをしてくださるのは神です。
』(1:8)

  次にパウロの祈りが記されています。ピリピ教会の人々の愛が豊かになるように、
  
そして重要なことを見分けることができるようにと願っています。

  『
私はこう祈っています。あなたがたの愛が、知識とあらゆる識別力によって
   いよいよ豊かになり、あなたがたが、大切なことを見分けることができます
   ように。
』(1:9,10)
          
  パウロは、一日一日を大切に生きましたが、同時に「
キリストの日」に備えるようにと勧めています。
  それは、主の再臨・さばきの日です。非難されるところがないように、神の栄光を現わすことができる
  ようにと願っているのです。

  『
こうしてあなたがたが、キリストの日に備えて、純真で非難されるところのない者となり、
   イエス・キリストによって与えられる義の実に満たされて、神の栄光と誉れが現されますように。

                                     (1:10,11)

  十字架にかかり、よみがえられた主イエスだけが、天国への道・救いへの道です。
  罪の赦しと永遠のいのち、そして日々の守りと助け・導きがあります。イエスにある平安と喜びにあふれて
  生活できますようにお祈りいたします。


               
    


 2025.4.20 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
ヨハネ 20:11~18 主イエスの復活
  
          イースターおめでとうございます。
  
  
イエス・キリストは、十字架刑と葬りの後、3日目によみがえられました
  主の復活は歴史的事実です。私たちは、その事を心から信じ、今、生きて共に
  いてくださる主の御名をほめたたえます。

  神の御子イエス・キリストは、何の罪も犯されませんでしたが、十字架という
  最もむごい刑で死なれました。逮捕から不当な裁判、そして十字架への道でも、
  十字架上でも、暴力・ののしり・あざけりを受けました。それは私たちの罪の
  ためです。私たちの罪を贖うための苦しみと死だったのです。

  『
主イエスは、私たちの背きの罪のゆえに死に渡され、私たちが義と認められ
   るために、よみがえられました。
』ローマ4:25
             
  きょうの聖書箇所 
ヨハネの福音書20章には、主イエスの復活の出来事が記されています。
  イエスの死は確認され、墓に納められました。墓は大きな石によって封印され、番兵によって、しっかりと
  墓の番がなされました。
  日曜日の早朝、女性たちは、ご遺体に油を塗りに行こうと思い墓に行きました。すると石が墓からわきに
  転がされていて、主イエスのからだは見当たらなかったのです。マグダラのマリアは泣きながら墓の中を
  のぞき込むと、2人の御使いがいました。
  さらに復活の主が、マリアに現れてくださったのです。イエスは彼女に、弟子たちに主のことばを伝える
  という使命を告げられました。

  『
マグダラのマリアは行って、弟子たちに「私は主を見ました」と言い、主が自分にこれらのことを
   話されたと伝えた。
』ヨハネ20:18
               
  十字架にかかって死なれたイエスは、約束通り、日曜日の朝(3日目)によみがえられたのです。
  そして、その御姿を弟子たちに現してくださいました。主イエスは、父なる神のご計画に従い、十字架へと
  進まれました。十字架にかかり、よみがえられた主イエスだけが、天国への道・救いへの道です。
  イエスにある平安と喜びにあふれて日々生活できますように。
  


        『
イエスは・・・言われた。「わたしはよみがえりです。いのちです。
         わたしを信じる者は死んでも生きるのです。」
 』ヨハネ11:25
 

        

   


 2025.4.13 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
ピリピ 1:3~7 あふれる感謝と喜び

  きょうの聖書箇所はピリピ人への手紙1章最初のところで、パウロはピリピの教会
  の人々に感謝の気持ちを表しています。

          
  私は、あなたがたのことを思うたびに、私の神に感謝しています。』(1:3)

         

  ピリピ教会は、ヨーロッパにおける最初の教会です。パウロはピリピ教会と親しい
  交わりを持ちました。両者の関係の素晴らしさが記されています。

  あなたがたが最初の日から今日まで、福音を伝えることにともに携わって
   きたことを感謝しています。
』(1:5)

  ピリピ教会は、パウロを支援しつつ、自分たちも置かされている場所で宣教に励んで
  きました。パウロはそれを、ことさら喜んでいるのです。

          

  『あなたがたの間で良い働きを始められた方は、キリスト・イエスの日が来るまでにそれを完成
   させてくださると、私は確信しています。
』(1:6)
 
  『良い働きを始められた方』とは、主ご自身です。神は、救いのみわざ・宣教の働きを始められた方です。
  『キリスト・イエスの日』とは、主イエスが再臨される日です。
  さらにパウロは苦難の中にあっても、福音を宣べ伝えることを恵みとして感謝しています。ピリピの教会は
  パウロが牢獄にいるときも、大胆に福音を証ししているときも、共に福音宣教の恵みにあずかったのです。
 

  
・・・あなたがたはみな、私が投獄されているときも、福音を弁明し立証しているときも、私とともに
   恵みにあずかった人たちであり、そのようなあなたがたを私は心に留めているからです。
(1:7)

  きょうから受難週が始まります。十字架のみ苦しみを深く覚えるときです。
十字架が自分の罪のためで
  あることを知り、
悔い改めて永遠のいのちをいただくことができますように。
  
主イエスの恵みと祝福が豊かにありますようにお祈りいたします。



        


 2025.4.6 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
ピリピ 1:1~2 ピリピ教会の聖徒たちへ

  きょうの聖書箇所はピリピ人への手紙の最初のところです。著者はパウロです。
  彼はこの手紙を獄中で書きました。しかしこの手紙には、
主にある喜びが強調
  されています。
投獄されても、パウロは主にある希望を持ち、ピリピの人々に
  対して感謝の気持ちを表しています。
          
  兄弟たちの大多数は、私が投獄されたことで、主にあって確信が与えられ、
   恐れることなく、ますます大胆にみことばを語るようになりました。
』(1:14)

         

  また、パウロは教会の課題についても、教えと警告を与えています。
          

  
ピリピの宣教については、使徒の働き16章に記されています。川岸の祈り場
  から始まりました。そこに来ていた紫布の商人リディアとその家族が、パウロの宣教によって
  最初の信者となったのです。
  
  『リディアという名の女の人が聞いていた。ティアティラ市の紫布の商人で、神を敬う人であった。
   主は彼女の心を開いて、パウロの語ることに心を留めるようにされた。
』(16:14)
 
  さらに投獄されたパウロにより、看守と家族が救われたのです。パウロとシラスは何度もむちで打たれ、
  足には木の足かせをはめられましたが、『
祈りつつ、神を賛美する歌を歌っていた』のです。
  
              
  
私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安があなたがたにありますように。』 
                                   ピリピ 1:2


  新約の時代に生きる私たちには、
イエス・キリストにあって素晴らしい希望が与えられています。
  罪の赦しと永遠のいのち、そして日々の守りと助け・導きがあります。主イエスの恵みが豊かに
  ありますようにお祈りいたします。


          


 2025.3.30 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
ルカの福音書 15:11~32 待っておられる神

  きょうの礼拝は、福音伝道教団の聖会中(群馬県伊香保)で牧師が不在のため、
  教会役員の証し・宣教でした。
  聖書箇所はルカの福音書15章後半です。「放蕩息子のたとえ」と呼ばれている
  ところです。二人の息子が登場します。


  弟息子は、父親に財産の生前贈与を願いました。『それで、父は財産を二人に
  分けてやった。』のです。弟息子は、遠い国に旅立ち、財産を湯水のように使い
  果たしてしまいました。そして飢饉が起こり、ユダヤ人にとって汚れている豚の
  世話をすることになりました。しかし、彼は我に返ったのです。
          
  立って、父のところに行こう。そしてこう言おう。「お父さん、私は天に対して罪を
   犯し、あなたの前に罪ある者です。・・・
』(15:18)

         

  父親は、彼がまだ遠くにいる時に見つけて、かわいそうに思い、駆け寄って抱きしめたのです。
  このたとえの放蕩息子は、取税人・罪人たちのことです。父なる神は、すべての人が立ち返って
  神のもとにくることを待っておられるのです。
          

  
もう一人は兄息子です。畑から帰って家に近づくと、弟のためにパーティーが開かれ、ごちそうが
  用意されていました。兄は怒って、家に入ろうとしませんでした。弟をさばき、父と共に喜ぶことが
  できなかったのです。それで、父は出て来て彼をなだめました。
  
  『父は彼に言った。「子よ、おまえはいつも私と一緒にいる。私のものは全部おまえの
   ものだ。・・・・
』(15:31)
 
  兄息子はパリサイ人、律法学者たちのことです。
  すべての人は神の前に「失われた人」なのです。
主イエスが人となって世に来られたのは、
  「失われた人」を見つけて、
永遠のいのちを得させるためです。


  
主に帰れ。そうすれば主はあわれんでくださる。私たちの神に帰れ。豊かに赦してくださる
   から。
』 イザヤ55:7


  新約の時代に生きる私たちには、
イエス・キリストにあって素晴らしい希望が与えられています。
  罪の赦しと永遠のいのち、そして日々の守りと助け・導きがあります。主イエスの恵みが豊かに
  ありますようにお祈りいたします。


          


 2025.3.23 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
エレミヤ 45章 バルクとエレミヤ

  きょうの聖書箇所はエレミヤ書45章です。バルクはエレミヤの従者であり、書記
  や代言者として働きました。エレミヤの預言を口述筆記した人物です。

          
  ・・・バルクはエレミヤの口述にしたがって、彼に語られた主のことばを、
   ことごとく巻物に書き記した。
』(36:4)

         

  バルクの人生には苦難があり、迫害も受けましたが、主は彼を守られました。
  忠実な働き人として用いられたのです。
          

  
そのバルクに、神は、預言者エレミヤを通して語られました。
  
  『あなたは言った。ああ、私はわざわいだ。主は私の痛みに悲しみを加えられた。
   私は嘆きで疲れ果て、憩いを見出せない、と。
』(45:3)
 
  バルクの嘆きの言葉です。しかし神は、嘆いた彼を受け止めてくださったのです。
              
  嘆くバルクに、神はエレミヤを通して語ってくださいました。
  ・・・しかしわたしは、あなたが行くどこででも、あなたのいのちを戦勝品としてあなたに与える。
                                      (45:5)

  イスラエルの神、主は、バルクがどこにいても
必ず守ってくださるという約束を与えてくださいました。
  神は、私たちの嘆きを聞いてくださり、愛をもって語ってくださるお方です。いつも主に信頼して歩んで
  いけますように。


  
失望せずに善を行いましょう。あきらめずに続ければ、時が来て刈り取ることになります。
                                      ガラテヤ 6:9


  新約の時代に生きる私たちには、
イエス・キリストにあって素晴らしい希望が与えられています。
  罪の赦しと永遠のいのち、そして日々の守りと助け・導きがあります。主イエスの恵みが豊かに
  ありますようにお祈りいたします。


          


 2025.3.16 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
エレミヤ 39:1~12 エルサレムの陥落

  きょうの聖書箇所はエレミヤ書39章です。エレミヤを通して何度も預言されてきた
  バビロンによる占領はついに現実となりました。神の臨在を示す神殿も、エルサレム
  の町も火で焼かれ、城壁は取り壊されました。エルサレムの陥落です。

          
  ゼデキヤの第11年、第4の月の9日に、都は破られ、バビロンの王のすべて
   の首長たちが入って来て、中央の門のところに座を占めた。
』(39:2,3)

         

  この時、ユダの王ゼデキヤとすべての戦士は夜の間に逃げました。しかし、エリコ
  の草原でバビロンの軍勢に追いつかれてしまい、ネブカドネツァル王のもとに連行
  されたのです。ゼデキヤ王の息子たちやユダのおもだった人たちは虐殺されました。
  さらに、王自身は目をつぶされ、青銅の足かせにつながれてバビロンに連れて行かれたのです。
  エレミヤが、何度も繰り返し語ってきた神のことばが成就したのでした。
          

  
そのような中、エレミヤはバビロンの王の保護を受けたのです。親衛隊の長を通して、次のような
  命令がありました。
  『彼を連れ出し、目をかけてやれ。何も悪いことをするな。ただ彼があなたに語るとおりに、
   彼を扱え。
』(39:12)
 
  エレミヤは監視の庭から連れ出されたのです。
  人を遣わして、エレミヤを監視の庭から連れ出し、シャファンの子アヒカムの子ゲダルヤに
   渡して、家に連れて行かせた。こうして彼は民の間に住んだ。
』(39:14)

                
  また主は、クシュ人エベデ・メレクについて『
わたしは必ずあなたを助け出す。・・・あなたがわたしに
  信頼したからだ。
』(39:18)とエレミヤに語られました。

  神を信頼し従ったエレミヤとエベデ・メレクは守られたのです。


  
聖書はこう言っています。「この方に信頼する者は、だれも失望させられることがない。」
                                      ローマ10:11


  新約の時代に生きる私たちには、
イエス・キリストにあって素晴らしい希望が与えられています。
  主イエスの恵みが豊かにありますようにお祈りいたします。


          


 2025.3.9 (日) 礼拝式のお話  聖書箇所  テーマ
エレミヤ 29:10~14 主にある将来と希望

  きょうの聖書箇所はエレミヤ書29章です。圧倒的な軍事力を誇るバビロン帝国に
  より南ユダ王国は大打撃を受け、王をはじめ長老・祭司たち・預言者たち、そして
  多くの民がバビロンへ引いて行かれました。(バビロン捕囚)
  エレミヤは、すべての捕囚の民に向けて手紙を書き送ったのです。

          
  預言者エレミヤは、・・・・・・および民全体に、エルサレムから次のような
   手紙を送った。
』(29:1)

         

  それは、捕囚の地でどう生きるか、ということでした。『家を建てて住み、果樹園を
  造って、その実を食べよ。妻を迎えて、息子、娘を生み・・・』(29:5,6)
  神のときが満ちるまで、バビロンで落ち着いた生活をするようにということでした。
  また、その町の平安を祈るように万軍の主が言われた、と書き送ったのです。
  
  『
わたしがあなたがたを引いて行かせた、その町の平安を求め、その町のために祈れ。
   その町の平安によって、あなたがたは平安を得ることになるのだから。
』(29:7)
          

  
イスラエルの神、万軍の主は、偽りの預言者にごまかされてはいけないと警告されたあと、捕囚の民に
  対する計画を明らかにしてくださいました。70年が満ちるころ、いつくしみの約束を果たして、捕囚
  から解放するということでした。それは、平安・将来・希望に満ちたものたっだのです。

  『わたし自身、あなたがたのために立てている計画をよく知っている。――主のことば――。
   それはわざわいではなく平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるため
   のものだ。
』(29:11)
 
  
新約の時代に生きる私たちには、
イエス・キリストにあって、すばらしい希望が与えられています。
  罪の赦しと永遠のいのち、そして日々の守りと助け・導きがあります。主イエスの恵みが豊かに
  ありますようにお祈りいたします。
  
  
この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たち与えられた聖霊によって、
   神の愛が私たちの心に注がれているからです。
』 ローマ5:5



      


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